ある男の夜

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気が付けば夜だった。それが今日の感想だった。 会社を辞めてから半月。俺は今日も特に何をすることもなく一日を終えようとしている。 そんな何の生産性もない一日を少しでも意味のある一日にしようと、俺はキッチンへと足を運んだ。 濃いめのコーヒー。唯一の楽しみであり安らぎ。俺はコーヒーミルで豆を挽き始める。 生活感のあまりない部屋に立ち込める挽きたての豆の香り。その香りに鼻孔を擽られるこの感覚はいつ感じても良いものだと思う。そんな事を感じながら、俺は着々とコーヒーを淹れる準備を進める。 コーヒー一杯で一体何が変わるのか。そう聞かれても俺にもそれは分からない。 でも、意味もなく過ぎ去っていってしまった今日という日の最後には何だか丁度良いとは思う。 自分の好きなもので一日を終える。そんな些細な幸せでも無いよりはずっと良い。そう思うから。 悲鳴のようなヤカンの音が今日という日を終わりへと導いていく。 俺はコンロの火を止め、挽いたばかりのコーヒー豆へゆっくりと注いでいく。プツプツと小さな音を立てながら、一滴、また一滴と香りと共にコーヒーは落ちていく。 明日もきっと、俺は何も出来ずに一日を終えるんだろう。働く事が出来なくなった俺は。 それでも俺は生きていかなくてはならない。どんなに世間から冷たい視線を浴びせられようとも。人に迷惑を掛け続けながら、これからも。 濃いめのコーヒーが出来上がる。深い香りが俺の今日の終わりを告げていた。 真夜中の静けさ中、一杯のコーヒーと言う小さな幸せと共に。
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