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真紅に染まったカーペットの上に体を横たえた彼女は、口元に緩やかなカーブを描き、まだ夢の途中と言わんばかりにぴたりと閉じた瞼を開きもせず、安らかな顔で物体と化している。とんでもない出血量なのに全く血生臭くはなく、また、彼女がお守りのようにしっかと握って自身の首に当てている包丁は未使用の如く銀色に煌めいていて、血糊も皮脂も付着していない。昨日二人で向き合うようにして囲った卓袱台は横になる際に邪魔だったのか、壁にそっと立てかけられている。
近所の人や通行人に暖かく見守られながら道の隅っこで硬い地面を砕いて立派に実ったアスパラガスがいつの間にか何者かに収穫されていたとか、いつか見たテレビのニュースでそんな出来事が話題に上げられていたのを何となく思い出した。
カーペットが吸った水子の血はもう乾ききって模様のようになっていて、元の新緑の色にそれが重なっている様を真上から見たなら大きなバラが咲いているかのように見えただろう。
水子が包丁を離そうとしないので、私は自分の体まで切らないように注意しながら、水子の体を両腿の上に抱き起こした。
空っぽになった水子の体はひどく軽かった。
血肉から骨から神経まで、彼女が心身にずっと染み込ませ続けてきた不安や恐怖や劣等感を全て平らげて、「真夜中」は私の住む町から去っていったのだ。
水子を苦しませていた病の根源を完食してくれたことに感謝するのが正しいのか、それともそういうものに侵食された彼女の命までをもすっかり呑み込んでいったことに憤るのが正しいのか、今の私には複雑すぎて、心はどちらへも傾かなかった。
人間らしい穢れがすっかり落ちたようになった水子の体を腕に抱いたまま、私は彼女と初めて出会った時まで記憶を遡り、楽しい思い出を一つ一つ鮮明に思い浮かべてはそれらを彼女の中へと注ぎ込んでいく光景を――何となく、イメージし続けた。
何時間かそうしていれば、温かい感情で心身が満たされた頃に彼女がまたその瞼を開けてくれるんじゃないかと思っていたが、結局彼女は空の器になったまま、目を覚まさなかった。
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