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あの子がこの扉を通った後も、私たちはここにいた。
「先輩。あの子は、無事にたどり着くのでしょうか」
長い静寂に耐えきれず、私は聞いた。
「さぁ……通例では皆行き先は同じ、地獄だからな」
そう……ここは、死者の通る道、そして私は……その死者を導く……死神の見習い。
「……あの子は、自分の意思で死んでません。殺されたも同然なのに」
あの子と出会ったときから感じていた、このもやもやとした気持ちを、吐き出してしまう。
「それを決めるのは俺たちじゃない。それはわかっているだろ」
「はい……ですが……」
少しだけ間をあけて、私は告げた。
「私は赦せません。あの子に一人寂しい思いをさせてここに送り込んだ、あの子の親を」
「それで?」
「はい?」
「それでどうしたいんだ? まさか殺すわけにはいかないだろ。それらを」
そう。私にそんな力はない。死神の役目は、死者の魂を運ぶこと。どんなに憎かろうが、恨みを持とうが生きている者の魂を抜き取る事は出来ない。
「……ですが」
「たとえ赦せなくても、それが『人間』であるかぎり、いずれここに来る。そしてお前がそいつを赦さなくても、審判が下ればだれも逆らえない」
「分かっています……でも……私は……」
強い怒りを覚え、握った手のひらに爪が食い込む。
「心を捨てろ。この仕事に感情はいらない」
うつむきながら震える私の肩に置かれた手はとても冷たくて、軽いものであった。
あの子の通った扉を前に、ただ立っていることしか出来ない私。死神には心はいらない、と。感情は不要だ、と。その言葉が繰り返される。
「先輩……それでも私は、『人間』の心を捨てたくはありません」
誰にも聞こえないこの声は、満月の夜に消えていった。
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