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愛を与える
1
丸い金魚鉢の中で、鮮やかなオレンジ色の出目金が、藻の間をすいすいと泳ぎ回っている。
本棚の上に置かれたそれは、部屋の蛍光灯の光を反射して光っている。
由紀子は机に頬杖をついたまま、一冊の日記帳のページを繰った。
……武史と別れた以上、生きていても仕方ありません。お父さんお母さんすみません。さようなら。八月三十日 午後十一時五十分。
大きくため息をつきながら、由紀子はその文面をじっと眺めていた。壁の時計の秒針の、カチコチと動く音だけが聞こえている。
金魚鉢の水面に、一匹の金魚が横になって浮かんでいる。その死んだ金魚を、もう一匹の元気な金魚が、下から口先で何度もつっついていた。
由紀子はもう一枚、日記帳のページを繰った。
……死ねなかった。
そこにはそうあった。さらにもう一枚、ページを繰る。
……なぜ私は……まだ生きているんだろう……。
見るともなしに、ただその文面をぼんやりと眺めていた。これまでに、何度も繰り返してきたことではある。
それでもこの時も、その文章が、まるで骨の髄までしみてくるようにわかるのだった。当時も今も、何一つ変わってはいない。自分とは何の関係もない、赤の他人が書いたものでは決してない。
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