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序章
熱をはらんだ風が運動場を駆けていく。砂埃を巻き上げ、ぬるい風は濁流のようだ。暴れる風はその場の緊張感を増長させる。候補生たちは黙したまま風の中に身を置き、息を詰めて見守っている。
俺の視界には対峙する彼しかいないが、背中で周囲の様子を感じ取った。フェンシングの試合中に、ギャラリーに気を配るほど余裕があるのかと問われれば、もちろん首を横に振る。試合は試合。集中しなければならない、何より隙を見せれば勝敗など、すぐに決まってしまうのだ。そんなこと頭ではわかっている。余裕と隙は紙一重。俺は、そのわずかな差を操れるほど、剣術が上手くない。
目の前にいる彼の名は、ランス・エアハート。新興侯爵家の一つ、エアハート家の次男。あどけなさがほのかに残る、容姿端麗な少年だ。その美貌と類まれなる才能は、嫉妬や羨望を通り越し、不思議な魔力となって人の心を丸め込んでいる。魅了するとはまさにこのことだ。
血の通った人間とはかけ離れた、凍てつくような美貌、そして何か隠しているようなミステリアスな雰囲気。それがランス・エアハート。
そんなことを考えていると、剣先がこちらに向かって飛んできた。己の剣でわずかに軌道をそらしてかわす。今はフェンシングの試合中。他のことを考える暇などないのだが、試合が膠着しているため、思考がそれやすくなっている。それほど、長く剣を交えている。こんなことは初めてだ。
攻めなければ勝てない。どんな競技においてもそうだ。一進一退に疲れている場合ではない。点数の高い技で派手に勝つことが好きだが、堅実に攻める。あと一本取られたら負けてしまう。ここで勝ったら、出る杭だ、と他の門閥に叩かれるかもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。完全無欠を崩せるのなら、崩してみたい。汚い欲望かもしれないが、その衝動が俺を突き動かす。
とは言え、そう上手くいくはずもない。
ランスの最後の一手が決まり、試合は終わった。
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