第十六章 悪夢と街の境目

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 生で声が聞こえたと思ったが、部屋の隅で寒河江がぶつぶつと言いながら蹲っていた。何を言っているのか聞いてみると、『僕は生きていない』を繰り返している。環境が代わったので、寒河江も馴染もうとしているのかもしれない。でも、自分内に寒河江は引き籠もっていた。 「伊東社長は、沢山の部下を従え、皆に慕われるのが夢だったのですよ」  『僕は生きていない』の繰り返しの合間に、ちゃんとした会話も混じっている。俺が、人形サイズで近寄ると、寒河江に手で飛ばされてしまった。 「人形と目が合った!もうダメだ!」  伊東は昭和の社長のようで、皆に酷い事をしていても給料を与えていれば、慕われていると信じていた節があった。 「野原は、大量殺人を事故死で行う夢を叶えた……」  松原は会社から解放され、奥村は人生からも生からも解放されてしまった。 「誰も、幸せになっていないけどね……」  宗教も、人の仕組みを考えている場合が多い。週に最低一回は休日を取らないと、人は精神を病み、破滅だけを願うようになる。そして、社会から孤立すると、人は犯罪行為に抵抗を感じなくなる。  世界平和を願うのならば、人に休みを与えた方がいい。犯罪を無くしたいならば、会社も社会も、誰も孤立しない仕組みを作った方がいい。 「あ、この人形、市来に似ていますね」  腕を引っ張らないで欲しい。俺は、寒河江の手から腕を引き抜くと、寒河江の手に回し蹴りをしておいた。寒河江は痛かったのか手を引きながら、俺が市来なのだと気付いたらしい。 「市来、小さい器だったのですね」  人間の器が小さいと言われているようで、あまり気分は良くない。でも、寒河江は俺を観察しているだけらしい。 「小さいけれど、ちゃんと市来ですね」  俺の事は。近寄ると、狂暴なのだと理解したらしい。どこからか、寒河江は汚物挟みを持ってきて、俺を摘まんで炬燵の上に乗せてくれた。この汚物と同じ扱いには、少し怒りを感じるが、寒河江は真面目にやっているらしい。 「東月企画のような、小さい場所で集まっていたのに……東月企画を発端にして、こんなに人が亡くなったなどとは信じられません」
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