第十六章 悪夢と街の境目

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 悲惨な現場は、見ていられない程であった。こんなに残忍な事が、人には出来てしまうのだ。消防や警察が来たが、救助も難航していた。現場で釘を抜いてゆかないと、石畳に磔のようになってしまっているので運べないのだ。 『潜在的犯罪者が分かったとしても、今の法律では犯罪を起こすまで、何も出来ない。でも、医師のカウンセリングと家族の監視を強化することはできる』  瀬谷は桜本により、男同士でも気持ちがいいと知ったという。 『桜本さんは、九百点台の人ですよ。何しろ、この尻が凄い。内臓を自在に、締め付けたり緩めたりして、ちゃんと満足させるように機能する、素晴らしい器官に仕上げている。男なのに、男を喜ばせる器官を持っている人がいるなど凄い発見です』  俺も、瀬谷が彼女に振られる理由が分かってきた。瀬谷は、思った事を言わずにはいられない性質なのであろう。でも、秘めてこそ愛というのもあるだろう。 『牛の乳しぼりの機械がありますね、桜本さんの内臓も匹敵して、全て搾り取る機能を備えています』  瀬谷は感動しているようだが、例えも悪い。俺は、次に桜本に会ったら、乳しぼりを連想してしまいそうだ。 『桜本さんに感動してしまい、事件の観測が疎かになってはいけませんね』  瀬谷は現場の情報を集めていた。  でも、事件は発生してしまい、もう元には戻らない。 「桜本さん、ほどほどで帰ってきてくださいね」 『……そうしたいけど。瀬谷君、離してくれないね』  瀬谷は、寒河江の黒月も評価していて、研究したいと言っていた。死保に戻ってしまい、記憶が消えてしまうのかもしれないが、寒河江を理解してくれる人がいて良かった。 「寒河江、死保に来てよ」 『行ってみます』  寒河江は、この四畳半の部屋に来るのだろうか。炬燵の上に寝転ぶと、パソコンに浮かんだ月が、俺にとって本物の月の大きさに見えた。今、石段に磔になっている人も、同じ月を見ているのだろうか。そして、痛みと絶望、理由なき犯行に憤りを感じているだろうか。 「助けたかった……」  誰も不幸になどしたくなかった。  寒河江のいた、東月企画も、伊東も助けたかったと思う。でも、俺に出来る事は限られていて、結果として誰も救えなかった。 「あれで、伊東社長も野原?荒井も成仏していますよ」
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