ヒトの孫

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 買い出しで都会まで行った帰り道の夜は、帰りたくないと思ってしまう。都会はなんでもあって、買い出しリストのものは全部手に入って、今住む集落に行き届いていないものが多くある。着いて一番驚いたことはお手洗いだ。集落のトイレは原始的な汲み取り式のものでいつも目にツンとくる排泄物のにおいが漂っていることが日常で、いつも急いで用を足す。都会のトイレにはいつまでもいられる。なんてったって清潔で、真水で排泄物を流せる贅沢さが日常なのだ。きっと集落のやつらを連れてきたらここにだって住居を構えられる。  都会は素敵だ。人はたくさんいて、本もいっぱい売っていて、いろんなヒトがいる。髪が青いヒトも、真っ黒な肌のヒトも。全部が同じではないと証明されているような場所だからきっと、私もここなら、と淡い期待で足取りが軽い。しかしそんな幻想はすぐに打ち砕かれるものも、都会にはある。 裏路地に目をやる。ダンボールの上で人が寝ている。その周囲には立派なスーツの裾から複雑に掘られた刺青が見える人。私はきっとこっちに来てしまう。だから今の集落に居ることができて、ちゃんと生きれてよかったと浮ついた心を落ち着かせ、手早くカーテンを閉める。カーテンの向こうからは光が見える。都会の光だ。夜行バスのエンジンの音が響き、バスが出発する。見えなくても徐々にその光から離れていくのがわかる。私は集落に戻らねばならない。集落にLEDや蛍光灯の光はない。   私はヒトモドキだ。ヒトに限りなく近い、けれどヒトじゃないものが混じった、そんな生物。第2のニンゲンで、ヒトの模倣品。ある事故により運悪く生まれてしまった生物。私たちはヒトの世界と相容れない。かといって完璧に獣として生活できるかといえばそうでない。
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