ヒトの孫

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 母の代からヒトモドキになった。祖母はヒトだ。数十年前に起こった研究所の事故で、ある体に害を催す物質がばらまかれ、たくさんのヒトがヒトの姿を無くした。母ももれなくその一人だ。運悪くその時すでに私を妊娠しており、私もその一員になった。ばらまかれた物質はヒトの細胞に動物の要素を組み入れるもので染色体単位で組み込まれる。そして、生きる限りは組み込まれ続ける。どこに発現するかは不明であり、あるものは知能、あるものは内臓とランダムだ。治療法も開発されていない。日に日にいたるところが獣になっていく。多くのヒトはそんな人類を恐れ、迫害を始めた。迫害を受けたヒトモドキは集落を作り生活を始めた。私たちは獣になっていく。しかし、元であるヒトの体はそれに耐え切れず痛み、敗れ、腐り、死んでいく。  時折、集落にはヒトの集団がやってきた。立派で固そうなスーツを着込んで白い髪が混じった男の人たちだ。川を挟んだ向かいの村の人たちで、私もそこで生まれた。何台かのボートで川からやってきて、交渉が終わる頃にはすっかり暗くなってしまう。ヒトモドキは人里離れた廃発電所を棲家としている。周りには初代ヒトモドキが森を開墾して作った畑が広がる。育てているものは麦と大豆。野菜と少しだけ果物。肉や調味料は別の集落と物々交換で得て、食糧は十分に足りている。  どこから聞いたのかそこに目をつけたのが私の生まれである村のヒト達だ。  いつも偉そうな態度で私たちを見て、表情は無く、淡々と交渉を行う。私たちはお金を使わないのに、提供する食糧の代金は現金支給だ。ヒトが勝手に決めた相場だから、適正かどうかはわから無いがおそらく安く見積もられている。私が都会へ買い出しに行くようになったのも、この現金があるおかげだが本来この行為は断腸の思いでやっている。つまり扱いは野生獣に近い。そのため、自然に追いやることが正しいことであるとされ、都会に居ると通報されて保健所なんかに連れて行かれてしまう。運が悪ければ野良犬のようにガス室に送られる。過去にはそんな同胞も居た。  交渉を打ち切ろうと思えばできるのだが、続けるのには理由があった。 「金なんか要らないよ、現物で交換してくれっていつも言っているだろ。」 「うちは生産品らしい生産品がないんです。」 「蚕飼ってるんだろ?糸や布はいくらあっても足りないからそっちと交換してくれ。」
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