ヒトの孫

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「蚕も生糸も伝統のものなので譲れません。それに布は村でも使いますし、そっちを優先することになっているんです。現金があるのならどこか別のところで買うのはいかがですか。私たちもこんなところまで来ているので、二度手間のご考慮も願いたい。」 この言葉を聞き、その交渉に出席していた肉食獣が混ざったヒトモドキが全員歯を剥きグルルと唸った。こいつらは見下している。私たちが傷つくに違い無い行為を平然と勧めて、しかも自分の苦労ばかり見つめるのだ。 「こっちには犠牲者がいるんですから、譲歩していただけるとありがたいのですが。」 この台詞を言われて、苦い顔をするヒトモドキが何人かいる。川を挟んだ村出身のヒトモドキはこの集落に何人かいる。そこで村人に何かしらの害を加えて逃げてここにいる者たちだ。肉食動物が混ざったヒトモドキは空腹になると目に付いた生物になりふり構わず襲いかかるように成るらしく、その一環での害だろうなと想像はつく。 口に広がった鉄臭さ。どこか甘くて、もっと欲しくなるような濃厚な匂い。 目の前に転がったヒト。ぐらりと襲い来る罪悪感。  夜行バスが目的地に着いた。夜3時。周りは木が生い茂っている。ここからはしばらく歩かねばならない。時折ランクを両手に持ち替えながらえっちら、おっちらと斜面を登っていく。森を抜けると村がある。私が育った村。夜、村人が起き出さないうちに通り抜ける必要がある。そこを抜けると船着場。魚のヒトモドキたちが連れて行ってくれる。そこまで歩かねばならない。ヒトに変装するためにと着せられた革靴とトレンチコートは集落に着く頃にはドロドロに汚れてしまう。ハァ、と息を吐く。見上げると村から逃げ出した日と変わらず、満天の星空がそこにあった。 満点の星空の下息を切らせて走る、幼少の私を夜の暗闇に見る。 私は、あの村で極秘に、外に出さず育てられた子供だった。母は小さい私を祖母に預けて集落へ行ってしまった。少なくとも今、私が住む集落でないことは確実だ。運良く私はヒトモドキの中でもヒトに近い見た目をしており、モドキとなる部分は足首のウロコとヒトにはない牙くらいだった。なんの生物が混ざっているかなんて爬虫類であること以外わからない。母はヒトとして生きられると思ったのであろう、私をヒトである祖母に預けたのだ。
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