ヒトの孫

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 祖母は苦心しながらも私を育てた。不定期にウロコが増える際の痛みには薬を買ってきて、家で退屈しないよう移動図書館で本もたくさん借りてきてくれた。私を外に出すと、祖母は迫害の対象になる。ヒトモドキに頼る癖に、ヒトモドキを育てるヒトはのうのうと村八分にする。祖母は時折、ヒトモドキの集落のことを教えてくれた。村で一番大きな通りを抜けて、太い川を渡った先にあなたのような人が集う集落があるよ。私が死んだらそこへ行きなさい、と。ヒトと生きていた生活は慎ましいながらも幸せな日々だった。祖母の体は小さかったけれど中に優しさがいっぱい詰まっているようなヒトだった。くしゃくしゃに、シワだらけの顔で笑う姿が好きだった。ずっとこのまま、平和に生きていたかったものだった。 だが私と祖母の生活は些細なことをきっかけに終わりを迎えた。 獣は少しでも混じるとヒトの理性では抑えられない。口論となり苛ついていたのか、空腹だったのか今となっては覚えていないが、首からダラダラと血を流し、暗がりに倒れた祖母を見た。私は祖母に噛み付いてしまった。 口に残った鉄臭さとほのかな甘み、濃厚な匂いが、私と云う生物は獣であると告げていた。 星が瞬く真夜中だった。その場からすぐに逃げた。裸足で舗装された道も砂利だらけの斜面も滑るように駆け下りた。 どこを目指していたのかわからなかった。村から出たことがなかったから全部がわからない道だった。どこかへ向かうトラックのライトに照らされると次第に斜面へ、木の多いところへと走っていくようになった。ドクドクと血管が煮えたぎり、喉は行き来した空気で擦り切れてしまいそうだった。 ただ走った。泳いだのかもしれない、朝日が昇る頃にはびしょびしょになって廃発電所にたどり着いていた。ヒトモドキの本能が仲間の元へ走らせた。もうヒトでない者となった諦め、絶望、今まで育ててくれた祖母への罪悪感からの逃亡が私を集落へ導いた。そうでない。そうでない。私はヒトに真っ当に育てられているはずの、人間だ。そう思いたかった。  今となって、祖母の元で育った年数を超える年月を集落で過ごした。ヒトに限りなく近いヒトモドキのせいか体力はどのヒトモドキよりも弱く、農作業もさながら、人の姿を活かして都会までの買い出しに従事するようになった。
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