普通の猫じゃなくなった猫

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 くすんだ色の服を着た女の子が物珍しそうに俺を見ている。 「あたしはメイ。あなたは?」  駆け寄ってそう聞いてきた。言われて気付いたが、俺には名前がない。 「って、猫は喋らないよね」  そう自分で突っ込んだあと、へへっと笑って俺を抱き上げた。  また何かに捕まってしまった。女の子――メイは「(うち)においでよ。お腹空いてるでしょ?」と撫でる。  多分、あの女よりずっとマシな存在だろう。  メイの家は路地裏にある段ボールとボロ切れで出来たものだった。中には懐中電灯が一つ、光りながら転がっている。 「ただいま」  メイの言葉に応えるように奥から「おーあー」という声が聞こえてきた。 「ジュン、見て。猫だよ」  メイは嬉しそうに俺を声の主に見える。そいつは俺の髭を引っ張って「ね? ねー!」とはしゃいだ。  メイは「ダメだよ。ジュン」と俺を守るように抱えて引き離す。  メイがジュンと呼ぶ存在はメイよりずっと年を取った少年だった。  メイは俺に水を与えながら、自分が置かれている境遇について話した。  最初は両親と四人で暮らしていたのだが、いつの間にか両親が居なくなってしまったこと。  落ち葉や木の実でアクセサリーを作って、陽の当たる場所から来る旅行者に売っていること。それがなかなか売れないこと。  叔父から良い仕事があると紹介されているが、兄を一人にしたくないこと。  メイの話に耳を傾けながら、俺は愚痴を聞いてくれる相手が欲しかったんだろうな、とぼんやり考えていた。  メイが愚痴る中、一人の男が訪ねてくる。 「叔父さん!」 「メイ、あの話は考えてくれたかい? 引き受けてくれたら大金が入るんだ」  その男の声に聞き覚えがあった。確か、あのしんとした中から聞こえてきた、心臓がどうのこうの言っていた声だ。 「早くしないと、荷車付き自転車がなくなっちゃう! 荷車と自転車のセットなんだ」 「叔父さん、でも、ジュンが……」 「ジュン? ああ、心配しなくていい。叔父さんが何とかするよ」 「だけど……」 「大丈夫大丈夫。心臓を取ったらすぐに帰れるから!」  ――間違いない。そう確信したとき、俺は男の手を思いっきり噛み付いた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加