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すると不意に、足を止めたくなるような出来事に出くわした。
「ジイさん。そのペンダント恵んでくれないか?」
「えっ……な、なにを、いきなり……」
「あ? だから、それを俺によこせって言ってんだよ!」
どうやら揉め事が起きているらしい。様子を遠目で見ながら、耳を傾ける。
「なにを言う。こ、これは……わしのじゃ。渡すわけには――」
「おい! ごちゃごちゃうるせぇんだよ! いいからジジイは黙って渡せ、ゴラッ!!」
大柄な男。見た感じ20代ぐらいの若い男が、力任せに老人からペンダントを引っ張った。しかし老人は、易々と手放すことなく抗う。力比べでは決して勝てるはずのない細々とした体格なのに、それでも老人は懸命に男と向き合った。
追い剥ぎ。強盗。言葉は何でも構わないが、老人が非情に乱暴な扱いを受けていることに変わりはない。そんな現場に居合わせてしまい、ぼくはますます目を開けているのが嫌になった。憐れなご老人の姿に、気兼ねなくいたぶる粗暴な男の姿に、ぼくは目を瞑った。
「う、うぅー……やめてくれ。このペンダントは大切なものなんじゃ」
「ダマれジジイ! 殺すぞ、コラッ!」
「や、やめてくれ……」
――暗闇。
広大な暗闇。
縦・横・高さ、境のない暗闇が心をも包み込む。
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