代償

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やがて月の光が映し出したのは、小柄な青年の姿だった。 色黒の肌に、艶やかな黒い髪。夜の闇に溶けて消えてしまいそうなその姿を、 宝石のように輝く黄色い瞳が引き留めている。 「こんばんは」 こちらの返事を急かすように青年がもう一度言った。 「こ、こんばんは」 戸惑いながら挨拶を返すと、青年は薄く笑った。 「ねえ、きみ、今日はどこへでかけていたの?」 「え?」 見ず知らずの青年からの予想外の問いかけに、思わず返事が詰まる。 「自動車を走らせていたでしょう?ずいぶん急いで」 まるで人のことを見ていたかのような口ぶりだ。 青年の瞳は瞬きも忘れたかのように、一時も視線をそらさない。 「ああ、今日は子供の誕生日で」 「誕生日?」 「そう。下の子の、2歳の。パーティをするから早く帰ってこいって嫁がさ」 「へえ」 「この月末の忙しい時期に無茶言うよ…2歳なんて祝ってもすぐ忘れるだろうに。 でもまぁ仕方ないから、この一週間残業して何とか仕事終わらせて、大急ぎで帰ったんだ」 「それであんなに急いでたんだ」 「え…ああ、まぁ…」 聞かれるまま思わずぐだぐだと話してしまったが、これではまるで愚痴をこぼしているようだ。 夢の中とはいえ名前も知らない相手に。 なんとなく申し訳なくなって、何か話題を変えようと思った瞬間。 「だから、ぼくの奥さん殺したの?」 青年は微塵も表情を変えずに呟いた。
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