代償

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何だって? 言葉の意味が理解できずに、呆然とそのふたつの黄色を見つめる。 「ぼくの奥さん。自動車でひき殺したでしょう」 「…は?」 「どうして助けてくれなかったの?」 「え?いやいや、何言ってんの?」 「すぐにお医者さんに連れていってくれたら死ななかったかもしれないのに」 ひき殺した?奥さん?何を言ってるんだ? いくら急いでいたと言ってもさすがに人にぶつかって気付かないわけもないし、 そうだとしたら救急車を呼ぶなり病院へ運ぶなり絶対にするはずだ。 頭の中を今日の記憶が駆け巡る。人をひいた?殺した? そんなことあるわけないだろう! 「おなかに赤ちゃんもいたんだ」 「え…」 「奥さんが息しなくなって、でもおなかは動いてて、ぼく、一生懸命舐めたんだ。  舐めて、舐めて、でもどんどん冷たくなって」 「舐、め…?」 「みんな死んじゃった」 青年の黄色い瞳が月の光に照らされて、その瞳孔がきゅうっと縦に細くなる。 …ああ。 ああ、ああ、そうだ。そういえば。 運転中、路地から猫が飛び出してきて、少しぶつかったような衝撃が… 「きみが奪った。ぼくの大事なもの」 「違う!いや、だってそんな…」 「だからぼくも、きみの大事なもの奪いにきたんだ」 「奪う…?何を…!」 まさか、子供?嫁?同じように家族を? ざわりと全身の肌がそばだち、心臓がどくどくと脈打って体中に響く。 いや、違う。何を怖がっているんだ?これは夢なんだから。 夢、夢、夢、夢、夢、夢、夢、夢… 「大事なもの、考えたんだけど」 カサリと草を揺らすわずかな音と同時に一瞬で距離を詰められた。 凛と光る二つの黄色に射止められ、身動きがとれない。 「これにするよ」 青年の腕がしなやかに伸び、鋭く光る爪が両の目に刺さろうとする、 その時---
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