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古びた街灯が頼りなく照らす夜道を走った僕は、潮風の香りを頼りに海へ向かった。打ち寄せる波の音が聞こえ、生臭い独特の匂いが鼻をつく。
歩道に自転車を停めた僕は、サンダルを沈ませながら砂浜を歩いた。懐かしい感覚。こんなにも歩きづらいものだっただろうか。
波は穏やかで、風も心地よかった。月明かりが眩しくなければ、満天の星を望むことが出来ただろう。それから波堤に登った僕は、夜空との境界を失った黒い海を眺めた。
子どもの頃はよく、父と釣りに来ていた。何も釣れない時間は退屈なので、防波堤に寝転んで青い空を眺めていた。そうして、流れる雲の形を何かに見立てながら、当たりが来るのを待っているうちに、そのまま眠ってしまうのが殆どだった。気づけば父に背負われていて、その温もりを感じながら帰ったのを思い出す。
十年ぶりの海は、あの頃と変わらずそのままだった。
陸から少し離れた場所で腰を下ろした。アスファルトの地面は、仄かに熱を持っていて温かかった。風は少し冷たいが、ちょうど良い温もりに眠気を誘われる。
細波を数えているうちに、やがて降りてきた瞼の裏に映る暗闇が、夜の深さと重なり始める。そのまま横になると いよいよ、目を開けているのか閉じているのか分からなくなった。
海に行かなくなったのは、いつからだろう。
多分、父が亡くなってからだ。
父と記憶を思い出して辛くなるからではなく、父がここで命を奪われたからだ。高波に攫われた子どもを助けようと海に飛び込んで、そのまま一緒に流されしまったらしい。
いつも背負われていた大きな背中を奪われた場所。僕にとって海は、懐かしい思い出の場所であるのと同時に、憎しみの対象でもあった。
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