ロスタイム

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 父を失って自暴自棄になった僕は、家に引き籠もるようになった。毎日何をするでもなく、ぼーっと一日を過ごし続けた。怠惰な生活を繰り返しているうちに、曜日の感覚は失われ、気がつけば一週間が、気がつけば一ヶ月が過ぎていた。  あっという間に季節は巡り、父の死から一年が経っていた。そして、父がいなくなった事を未だに受け入れられなかった僕は、父の面影を探すように夜の街に出ると、海までやってきた。  そして、目の前の少年がしようとしているように、海に身を投げたのだ。  そうすれば、父が助けに来てくれるんじゃないかと。 「待って!!」  飛び上がった僕が駆け寄るよりも先に、少年は跳ねるように小さく前に飛び出した。一瞬だけ浮いた後、吸い込まれるように海に落ちていく。海面は穏やかだが、その下の流れは急だという。それに月明かりしかない夜の海で、人をつけることなんて不可能だ。  少年が海に落ちて音を立てるよりも先に海へ飛び込んだ僕は、思わぬ海水の冷たさに身体を震わせながら、無数の泡に包まれて海面に浮上した。波に飲まれながら辺りを見渡すと、少し離れた場所に、手をばたつかせている少年の姿が映った。  泳いで向かおうとするが、身体は思うように動いてくれない。運動してこなかった事を恨みながら、波に攫われていく少年に必死に手を伸した。  気を失ってしまったのか、少年は突然動きを止めると、ゆっくりと沈み始めた。大きく息を吸い込んだ僕は潜水し、まるで誰かに引っ張られているように海の底へと沈んでいく少年を追いかけると、その腕をしっかりと握り締めた。  その瞬間、それまで忘れていた記憶がフラッシュバックした。  父の命日に海に飛び込んだ僕を、誰かが助けてくれたこと。  それが、父の面影をしていたこと。  腕を捕まれた事で気がついたのか、水中で目を見張った少年は、僕の顔を見ると、嬉しそうな、悲しそうな表情を見せた。しかし、再びすぐに力を失って、ずっしりと重くなる。  少年を抱えて浮上した僕は、必死に陸を目指した。力尽きる寸前で、何とか砂浜に引っ張り上げる。 「君は・・・・・・」  失いかけた意識の中で見た横顔は、紛れもなく十年前の僕のモノだった。
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