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ロスタイム
その夜、僕は何かに誘われるように家を出た。
時刻は0時過ぎ、世界は暗闇に包まれ、辺りを静寂が満たしている。遠くに見える街の赤灯は寝息のように点灯し、見上げた夜空には眩しく輝く満月が浮かんでいた。まるで、夜空に穴が開いているようで不思議な感覚になる。
自転車に乗った僕は、ゆっくりとペダルに力を込めた。緩やかな加速と共に車輪が動きだし、頬を温かい風がなぞっていく。熱帯夜と言うほど熱くはなかったが、動けばすぐに汗をかく。しかし、穏やかな坂を下っているうちに、汗の流れは止まり、久し振りの疲労を心地よく感じる事ができた。
今年もいくつかの台風が通り過ぎた。その度に、暑さを助長させていた蝉の声が土に還り、涼しげな鈴虫の音色に変わっていく。夏が終わり、少しずつ夜の時間が長くなる。
僕は夜が好きだった。
誰もが夢を通して明日へ向かっている時間に、僕がだけが今日のままでいる。自分だけがロスタイムの中を生きているのだと、こっそりと家を抜け出しては、時間が止まったように静かな夜の街を冒険したり、星を眺めたりした。
昔はその不思議な感覚が好きだったけど、今は少し違う意味を持つ。日付が変わる瞬間が近づく度に、どうしようもない焦りを感じるのだ。
今日もまた、一日を無駄にしてしまった。
今日もまた、何かを成し遂げることが出来なかった。
今日もまた、昨日の延長を生きてしまった。
何もせずベッドに横になっていると、目に見えて浪費している人生を前にして、取りこぼしてきた時間が急に惜しくなる。
このまま、今日という日を終わらせてしまっていいのだろうか?
何かをしないといけない、でも何を?
何か意味のあることを。
今しか出来ないことを。
夜通し考え続けているうちに、窓の外は徐々に明るみ始め、世界が目覚める音が聞こえる。そうして、明日が今日になってしまった事を知った僕は、太陽の光から逃れるように夢の世界の旅立つのだ。
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