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司会との問答もそこそこに打ち切ってMC侠胆は深海のような青い通路を渡ってバトルステージに向かった。その間も客席からは熱狂的な歓声が上がるが彼は手も降らずつまらなさそうしている。
観客人気という意味でなら彼は『キング』と双肩を比する人物であった。
その理由、一つは彼が二十年以上アンダーグラウンドスタイルの音楽で飯を食っているベテランであることその中にある嘘をつかない、そして吐いた言葉に責任を持つという美学を曲げずに貫く生き様にファンは自然と敬意と憧憬を抱くのだ。名の如く胆が据わっていて男としての芯が太い、漢の中の侠に。
そしてもう一つ。それは現キング、MC禁紅の師匠だということである。
十年程前、MC禁紅は侠胆のHIPHOP集団「酔虎殿」のメンバーだった。しかし仲違いし十年以上、二人の間柄は断絶している。
つまり今宵のバトルは十年前に決裂した師弟対決なのだ。加えて言うならばMC侠胆は選抜大会に出場していない。アンダーグラウンドを住処とする彼はそれとなく表舞台とは距離を取っていた。そんな彼が弟子に挑発されて地上波の檜舞台に現れたのだ。ファンは嫌が応にも気分が盛り上がる。
次の瞬間、会場の電灯が消えた。
「チャンピオン、入、場ゥッ!!」
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