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諦めて部屋から立ち去ろうと踵を返した俺の身体は、大きな手に引き戻された。
「待って──」
背中越しに抱き締められ、サーシャの吐息が髪に触れる。
「五分だけならば、お話し出来る」
一瞬擡げた期待は、その言葉で捻り潰された。
「退屈退屈退屈!」
駄々っ子のように暴れ回る俺を相変わらず抱き締めたまま、サーシャは引き摺るようにして一回りも小さな身体をソファの上に落とした。乱れた髪を優しく梳く大きな掌を払い退ける俺を、彼は愛おし気に見下ろしている。
「我慢して。君は寒さに弱いのだから、外に出ると直ぐに風邪を引くでしょう?」
「外に出なくても風邪を引く。この部屋は寒いよ、サーシャ」
「チーナ!灯油を切らすな!」
甘えたつもりだったが、またかわされる。
「棗、遊ぶにしても上手くやってくれないと、チーナの立場がない。それに分かっているだろう?」
大人の余裕か、サーシャは不貞腐れる俺の頬を擽りながら、大きな瞳を惜しげも無く細め、あやすように囁く。
「私の加護がなければ、君は遊ぶ事もままならないって」
頬を辿る指先にキスをして、俺もまた微笑んだ。
「分かっていますよ、僕の王様。だからあの男に許したものは脚だけ」
「その前は掌、その前は鎖骨、その前は何だった?」
「耳朶、でしたっけ」
「Боже мой!」
またロシア語だ。日本語が堪能な彼は、こうして興奮させると直ぐにロシア語を口にする。全く意味は分からないが、俺は最近そんな彼を見ている事が一番の楽しみになっている。
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