第一章 運命が聴こえる

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 一頻り落胆すると、サーシャは立派に生え揃った眉尻を下げた。 「君の美しい身体は全て、数え切れない程の君を愛する者達で造られているのかな。私は君が二十歳になるまであと二年、禁欲を強いられていると言うのに」  彼はどう言う訳か、俺が二十歳になるまでは手を出さないと決めているようで、その宣言通り未だに俺は手付かずのまま。自分で勝手に決めたくせに、全く困った男だ。  そろそろ五分。サーシャとの戯れもおしまいだ。ふと壁に掛けられたカレンダーが目に止まり、俺は不貞腐れたように彼を睨め上げた。 「イブは女王様と過ごされるのでしょう?」 「そうだよ、いけないかい?」 「別に。僕は寂しくこの日本で凍えていれば良いのですね」 「寂しくないよう、友達を置いて行くから」  友達────その言葉に囚われている隙にサーシャは立ち上がり、深いマルーンのコートを羽織った。音を立てて翻るロングコートは、上背がありどっしりとした体躯の彼に良く似合っている。 「夜には戻る」  広い背中でそう言われれば、頷く事しか出来ない。遠くで聞こえたロシア語を最後に、広い家は静寂に包まれた。  また始まる、退屈な時間。何かをしていないと、深く考え込んでしまう事が嫌だった。また、窓の外に視線を預ける。寒々しい景色は相変わらずで、まるで心がそのまま映し出されているような心地がした。  かみさまなんて、いない────。  まるで言い聞かせるように、俺は今日もその言葉を胸の奥で噛み締めた。
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