第七章 眠りを忘れたひとへ

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 ふと思う。彼の紳士な扱いに胸を躍らせていたのは何時の事か。いつの間にか俺は、彼がいなければ何も食べず、記憶にも残らないような生活をしていて。まるで、彼の為に生きているかのように命を浪費している。  例えば許されざる事ではあるが、天羽さんのように何がしか俺にも生きる理由があったなら、少しは違ったのだろうか。かと言って、何が?ロシアの軍隊で訓練をし、戦場にも立ったことのある彼は俺とは違いある種の技能を持っているが、俺には何もない。  何も、ない────。その言葉は、とても重い物であった。脳内で無意識に繰り返される。俺は造形以外には何ひとつ世を渡る為の武器を持ってはいない、無意味な存在。地獄へと堕ちるまえに、傷付けてきた彼等への罪滅ぼしとする行動さえ起こせない。  俺はなんて、罪深いのだろうか。  しかしながら家を出るときに俺を沈めた思考は、まるで暗示であった。サーシャはまるで俺の心を見透かしているのか。それとも、この起伏の激しい感情全て、彼の手中にあるのだろうか。
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