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唇を噛み締めても流れ落ちる涙を拭いもせず深い思考に沈み込んでいた時。不意に膝の上で握り締めた拳を、おおきな掌が包み込んだ。驚いて顔を上げると、知らぬ間に奉唱会は終わっていたようで、ひとも疎らとなっていた。
真っ直ぐに前を見詰めたまま、サーシャは閑かに囁いた。
「涙を流した所で、何の意味もない」
厳しい瞳はおおきな十字架を見据えている。それはきっと、俺では想像も付かぬような重い十字架なのだろう。
「だが、今は思う存分に泣くといい。私はその為にいるのだから」
その言葉は、俺だけに言っている言葉では無いように感じた。彼の瞳の奥には何時も、世界の哀しみを背負った男がいる。そして同じように、サーシャは俺を想ってくれていた。
こんな時に漸く、彼が俺を真に愛している事を知った。自分勝手な振る舞いでサーシャを傷付け、疑って生きて来た。それがとても、苦しく思える程に。
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