第一章 運命が聴こえる

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 ふと長い物思いを終え窓から足元に視線を流し、また苛立つ。 「そんなに美味しい?」  俺の問い掛けに、足元で跪いて人様の脚にむしゃぶりついていた男は、何度も何度も頷いた。足の指を這いずり回る紅い舌は、悍ましい別の生物にさえ思える。 「そう。いい子」  空いている足で髪を撫でてやる。湿った舌が敏感な神経に触れ、次第に昂まる官能とは裏腹に、男の恍惚の表情は俺の心を冷やして行った。 「でも、もう飽きちゃった」  男が驚いて顔を上げた瞬間、俺は思いっきり顔面を蹴り上げた。男の身体が仰け反るようにして後ろへ倒れ込む。 「チーナ!」  悲鳴を上げられるより先に叫ぶと、すかさず隣の部屋からスキンヘッドの男が現れ、鼻血を噴き出す男を引き摺り出して行った。  開いたままの扉からは、怒号にも似たロシア語と日本語が不協和音のように飛び交っている。舐め回された素足に流れ込んだ風が掠め、俺はまた深い溜息を吐いた。
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