18人が本棚に入れています
本棚に追加
二年前。健二が会社を辞めてアフリカに行くと言い出した。理由を問い質すと、浮気相手がアフリカ好きで、向こうで仕事をするための渡航手続きを始めたと話した。
「彼女と離れられない。なんて情熱的な言葉を吐いてくれちゃってさ。里樹の高校入学の書類を提出したあとに、離婚することにしたの」
退職金でマンションのローンの残りを払い、預貯金のほとんどと解約した生命保険金を慰謝料として望美に差し出すことで話が着いた。里樹の大学までの学費を夫からの慰謝料で賄い、望美の毎月の給金で生活のめどを着けた。
それで終わり。
きれいさっぱり別れられるはずだった。
そう言うと、望美は俯き、ふふっと笑う。
「里樹がばあばのところに行っている間に、出ていくと言い出して」
「やっぱ、離婚してたじゃないか」
「嘘吐いてごめんね。三月末に離婚が成立したわ。出ていくとき、こんなことを言ったの。俺がアフリカに行くことを彼女は知らない。だが望美には宣言しておく。もう二度と日本の地は踏まない。俺の骨はアフリカに埋める。里樹が居なければ、望美と日本で暮らすことなどなかった」
俯いたまま、くすくす笑う。
「でき婚でなければ、わたしと結婚する気なんて、さらさらなかったんだって」
里樹は高校生となる。
独り立ちできるほど大きく育った。
これで父親の役目は果たせた。
俺を大空で羽ばたかせてくれ。
妻子を地に残し、翼を広げようとした。
夫が大空に飛び立つ前に、広げようとしていた翼を、望美はもぎ取った。
「ざけんなって、手元にあった瓶で、出て行こうとした後ろ姿に殴りかかったの」
夫の後ろ姿が、父親の姿と重なった。
実母と妻を働かせ、実母が働けなくなると、娘を実母の代わりにした。こき使った。
妻を働かせて働かせて。
自分の親の面倒を見させて、
自分はどこかへとヒラヒラ飛んでいった。
健二は生活費は望美に渡していたが。
息子をそれなりに可愛がりはしていたが。
それ以上の夫婦の関係を求めると、機嫌が悪くなった。与えられる生活費はギリギリで、外食もできない額だった。
里樹を保育園に預けて働きに出るまで、望美は自分の服や化粧品代、里樹のオモチャなどを、独自時代の貯金から出していた。隆子にねだるときもあった。
最初のコメントを投稿しよう!