父親

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 マンションは三部屋あった。  家庭内別居に好都合な間取りだった。 「里樹の兄弟ができる環境じゃなかったわ。わたしもお父さんのことがあるから、男にどことなく不信感があるし。それが透けて見えていたのかもね」  自嘲する。  里樹を私学の中高一貫校に入れたのは健二が強く勧めたからだ。望美は公立学校でいいと反対した。だが関東圏出身の健二は、頑として譲らなかった。  望美が折れた。いずれにせよ、入学試験に合格しないと入れない学校だ。望美は里樹の学力に高をくくった。受験させた。合格した。 「そりゃ受かるって。全国模試でかなりの上位を取ったこと。健二さんが自慢していたよ」 「近所の塾に一年行かせただけなのに?」 「あそこ、有名な進学塾だとお姉ちゃん、知らなかったでしょ。健二さんが嘆いていたよ。これほど子どもに無関心な母親も、珍しいなって。そういうところから、齟齬が生まれるんだ。里樹のことはあとからじっくり聞く。で、どんな瓶で殴ったの? それでどうなったの」 「ハルちゃんたら、すぐに健二の肩を持つんだから。二人の仲がもっと良かったら、わたし、関係を疑ったな」 「わたしにも、好みというものがある。未成年と背が高くてもメガネの優男はダメなんだ」 「里樹もタイプじゃなくて、良かったわ」 「見境なく誰でもいいわけじゃないから。恋愛対象は限りなく狭いんだよ」 「ハルカ、お母さんの誘導尋問に引っかかるな。瓶とその後。とっとと話せ」  容赦ない我が子の攻撃に、望美は肩をすくめた。渋々、続きを語る。 「打ちどころが悪かったみたいでね。動かなくなって。でも、前例を知っていたし」  救急車を呼ぶなど、まったく思い浮かばなかった。この場合、どうすれば善処したことになるのか。自分は夫、健二をどうしたいのか。ただ、それだけを考えた。  救急車を呼んで、治療を受けさせる。  遠く離れた元夫の無事を祈り続ける。  ……未来永劫に渡り、彼を所持する。  天国にも地獄にも二人で行く。 「それで、翌日配達の家電量販店に電話して冷凍庫を買った。というわけ」  用意しておいたビニール袋とブルーシート。  シート上に彼の体を転がし、バスルームに引きずっていった。バスタブに入れて、ビニール袋を頭から被せて喉を掻き切った。  血潮でずぶ濡れになりながら血抜きした。  大まかな解体作業をした。
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