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「肉は鹿と熊だと教えたはずよ。冷凍庫の電気代としてジビエ肉じゃなくて、牛肉をもらって食べたじゃない。里樹も美味しいと舌鼓を打っていたよね」
食べ盛りの男子が居ることを同僚は知ると、大量の牛肉を奮発してくれたのだ。
「じゃあお父さんは」
「アフリカに居るわ。ゾウとかライオンと戯れているんじゃないの? コブができた頭を撫でながら、部屋を出ていったわ。それっきり。何の連絡もないわ。こちらからもしないし。里樹、お父さんのパソコンが何かにメールしてみればいいじゃない? そう言うこと、人を疑う前に、やってみたのかな」
母が息子を諭す。
諭された息子はあらゆる手段を駆使していなかったようだ。押し黙り、頬を赤らめていた。
ははっ。
天井を仰いで望美が笑う。
「わたしの愛って、所詮、そんな程度なんだ。根性がない。愛している人を自分に縛り付けて一生を終えるなんて、とてもできない。……お母さんは歳を取って疲れてきたんだよ。もうこの辺でいいか、と思ったのかもね」
「お母さんは愛を貫き、楽になるために死んだ。お姉ちゃん。そう思えないんだ、わたし。実感が湧かなくて」
「ハルちゃんはお父さんの太ももを見ていないから。バラバラにされて、肉の塊になったお父さんを知らないから。確かに遊び人だった。だけど死んでいたら、葬式くらい出してあげても良かったのに。おばあさんとお母さんの法事は一年三年と、わたしたちが行うわ。けど、失踪したお父さんには命日がないんだよ。誰もお参りしない。できなくしたんだよ、お母さんが。それって惨い仕打ちじゃない? ずっとずっと誰も、お父さんを悼まないように、お母さんが仕組んだんだよ。……年老いてきて。供養の大切さがわかってきて。取り返しがつかないことが、つらくなってきたんだと思う。だからおばあさんのように死のうと決意した気がしているの。死んで、夫婦一緒に成仏しようとしたのかもね。きっとそうなんだと思う」
里樹が作り溜めておいたものをすべて売り尽くした。ここが引き際だと、観念した。
──そう、なのか。
何か見逃していることはないのか。
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