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ひみつの対局
パシッという心地よい音。白く美しい指の先で、駒が光る。
「王手……」
自信なさげな声とともに、押しあてていた中指をスッと離すと、白い指先から微かな光が尾を引いたように見えた。
手を膝に置き、ゆっくりと顔を上げる色白の美少年、吉岡。女性的な顔立ちの彼は、高校生になって将棋を始めたばかり。同じ高校の先輩で日本将棋連盟奨励会二級の渡部に、その将棋センスを見出され、将棋教室に通い始めた。
「先生、背中が煤けています……」
「ふん。きいた風なことを……、ぬるいな……」
相対しているのは、谷川指導棋士。きっちりと分け目の入ったロマンスグレーの髪に軽く手を添え、乱れていないことを確認しながら、膝の上に置かれた吉岡の白くか細い手をじっと見つめる。そして、ゆっくりと背を丸めながら、鋭い眼光で盤上に目を走らせる。
学生時代は天才棋士としてもてはやされ、9一の谷川という呼び名で名を馳せた。異例のスピードで奨励会二段にまでのぼり詰めたまでは良かったが、そこで彼の限界が訪れた。今はプロになることは諦め、この教室で中高生の指導を務めている。
膝に置いた美しい白い手を握りしめ、無言で盤上を見据える吉岡。そんな吉岡の視界にゆらりと伸びてきた谷川指導棋士の無骨な指が、予想もしていなかった駒に触れる。
「ふん。ならば……、これで、どうだ!!」
パチン!
鋭い音とともに、吉岡の表情をチラリと見る。そして、ぬるりと指を離していく谷川指導棋士。吉岡は一瞬目を疑った。そして、ひるんだ。谷川指導棋士の手の意味するところが、わからなかったからだ。
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