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パチン……。パチン……。将棋の駒を指す音が響く教室の中、時が過ぎる。
「投了……?」
谷川指導棋士が出て行った教室の扉を見つめながら、ボソリと吉岡が呟く。
パチン……。パチン……。将棋の駒を指す音が響く教室の中、時が過ぎる。
吉岡は、再び盤上に目を落とす。そして、これまでの駒の動きを反芻する。ハンデを貰ってはいたものの、二段の谷川指導棋士に勝てたということだろうか……。
今年高校入学と共に訪れた将棋教室で、三年の渡部に出会った。渡部にその指し手が美しいと言われ、すっかり将棋に夢中になった。
渡部はこれまで経験のなかった吉岡に、新しい世界を教えてくれた。将棋の楽しさ、攻め方、守り方。将棋の美しさ、渡部と過ごす時間……。
そして、半年が経った。渡部は最近、受験勉強が忙しいといって、吉岡との時間を割いてくれなくなった。しかも、この将棋教室にも現れない。
時間は午後七時。窓の外はすっかり暗くなり、生徒たちは一人二人と将棋教室を後にする。
しばらくすると、教室には吉岡と水嶋だけになっていた。
シンと静まりかえった教室。もう将棋を指す音はしない。じっと盤を挟んで、押し黙る二人。
口火を切ったのは、水嶋だった。
「吉岡君……」
中指で黒縁のメガネをグイと押し上げ、その向こうから吉岡を覗き込む。吉岡もゆっくりとその眼差しを水嶋に向ける。
そして、二人は見つめ会う。
二人の長い対局はこれからだ。
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