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人の気配を気にした吉岡が、動きを止める。
水嶋は、吉岡をじっと見つめたまま視線を動かさない。
「いいじゃないか。見せつけてやろうよ」
普段はおとなしい水嶋が、むしろ興奮した口調で囁く。
吉岡もその低い声に鼓膜を刺激され、腰のあたりがムズムズとしてきた。
無抵抗な吉岡。それを楽しむかのように、水嶋の指が駒を摘まんでいく。
銀と歩。一歩一歩、這うように吉岡の玉に向かって進んでいく水嶋の指。吉岡は、羞恥心の入り混じった感情で、じっと守りに徹している。
「っつぅ……」
押し殺した声で、息を漏らす吉岡。
「どうしたの……守ってばかりじゃないか……、それに、酷い陣形だ……」
顔を近づけて囁く水嶋。間近に迫るその表情に息を飲む吉岡。
「そろそろ……、飛車を出すよ……。いいよね……」
荒々しい吐息とともにそう言うと、水嶋は前を開け、猛々しくも、鋭いそれを露出させた。
「さあ、君も前を開けて。僕を受け入れるんだ……」
そう囁きながら、誘うように歩を突き出す水嶋。
歩の交換……。どちらともなく二人は駒を重ねあう……。重ね合った駒は、二人の指の中でお互いのぬくもりを伝え、そしてまた解き放たれる。
水嶋のなされるがままに、前を開けてしまった……。そして、次の一手。期待と不安の入り混じった感情で、水嶋の指の動きを感じ取る吉岡。
握りしめた飛車をゆっくりと持ち上げる水嶋。吉岡には、それが大きく膨れあがった龍のようにも見え、少し震える。
「そんな……。いきなり……、凄い……」
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