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渡部は、猛り狂った飛車に手を添え直すと、いっきに吉岡の玉の裏側に攻め入った。
「ああぁ。先輩! そこだけは……。はぐぅ!」
もはや、吉岡は防戦一方、攻めることなんて、考えられない。
渡部の飛車は、さらにその大きさを増し、縦横無尽に暴れ回る。その姿は龍の如く。
「どうだ。俺の龍王は! 水嶋のことなんて……、忘れさせてやる!!」
「はぁあぁん!!」
吉岡は、かろうじて銀を動かした。そして、玉を動かし、金を寄せる。しかし、そんな物は所詮苦し紛れの悪手。渡部の攻撃に、見るも無残に前がはだけてゆく。左右の香車もその先っちょを摘まれ。桂馬は、全くの遊び駒になっている。
「いい格好だ。玉もその裏も丸見えじゃないか!」
「あぁ……。見ないで……。いやだ……、先輩……」
天井を仰ぎ見ながら、頬を紅潮させる吉岡。
「イヤなもんか。この角も使って……」
そう言うと渡部は、どこから取り出したのか、握りしめた角を吉岡の目の前でチラつかせる。
「せ……、先輩……。そんなもの……、ムリ……」
「これで、おまえの飛車も角も封じてやる!!」
角を握りしめた渡部の指が、スッと吉岡の懐に入り込む。その動きを目だけで追う吉岡。
「あぁ~、それだけは!! らめぇ……!」
渡部は、吉岡の萎縮した飛車をねじり上げ、角を玉の裏の門にぶち込んだ。
「5一角成! 王手!!」
「あっ……」
吉岡の頭の中が真っ白になり、ゆっくりと渡部の手が離れる……。二人の視線が交差する……。
もう二人に言葉はいらなかった……。
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