32人が本棚に入れています
本棚に追加
エピローグ
一人夜道を歩く水嶋が、将棋教室の前の道に差し掛かかったのは、午後八時を過ぎたあたり。
黒縁のメガネに中指を添え、二階に位置した教室の窓を見上げると、明かりがついていることに気付いた。
腕時計を確認し、割れた顎にしわを寄せる。再び二階を見上げると、部屋の明かりは消えていた。
不思議に思いながら、立ち止まる水嶋。すると、教室の入り口から出てくる人影が。
「あ、谷川先生。こんな時間まで居たんですか」
その声に、驚いたように振り向く谷川指導棋士。少し脂ぎって乱れたロマンスグレーの髪に手を添えて、九対一に分け直す。
「ふん。水嶋か。お前こそどうした? こんな時間に来ても、もう誰も居ないぞ」
「いえ。こっちが帰り道なんで、通りかかっただけです」
そう言いながら、チラリと二階の教室に目をやる水嶋。
そんな水嶋の視線を遮るかのように、肩を抱き顔を近づける谷川指導騎士。
「どうだ。うまいものでも食いに行かないか? 奢ってやろう」
谷川指導棋士の提案に、水嶋は何も答えない。
「ふん。先輩の誘いには、素直についてくるもんだ」
谷川指導棋士に肩を組まれ、渋々ながら歩き出す水嶋。
「ラーメンでも食いながら、多少の悩みぐらいは相談に乗ってやろうじゃないか。これでも若い頃は、いろいろと経験したんだぞ」
そう言って、どこか不自然な笑みを浮かべる谷川指導棋士。
消えた教室の明かりが少し気になりながらも、水嶋は思った。
なんだ、ラーメンか……。と。
最初のコメントを投稿しよう!