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講堂は掃除も終わり、誰も居ません。
一列に並んだステンドグラスから西日がいっぱい差し込んでいました。
ワックスでつやつやした木の床にステンドグラスの赤いバラや緑の蔓が長く伸びて映っています。私たちはバラ窓を背にして立ちました。手をさしのばすと白いブラウスの袖や手の甲に赤や緑の影が映ります。亜寿美ちゃんの伏せた、長いまつげの先にも、ほっぺたにも、バラの茎の緑の棘が映っていました。
「今、1番好きな人は?正直に答えなさい」
彼女は尋問のように聞きました。
「ダミアン」
「誰それ?」
「オーメン」
「ああ、悪魔の子か!」
亜寿美ちゃんはヒィヒィヒィと引きつけるように笑いました。
「キスしてみようか、オーメン」
「いいよ、ダミアン」
私たちはお互いの背中に腕を回しあって、そっと唇をふれ合ってみました。
それから、なんとも感じないね、と言いあって笑いました。
6年生になると同じ路線バスの子が二人編入してきました。私たちはすぐ仲良くなり、環七バス組は4人になり、私と亜寿美ちゃんは二人きりで帰ることはほとんどなくなりました。それぞれ興味を持つことは違ってきて、報告し合うこともなくなり、「マイバースデー」もいつしか買わなくなりました。
中等科に上がる前に、彼女は私より先に大人になったようでした。
高等科を卒業するまで私と亜寿美ちゃんとはずっと同じ学校で同じクラスになったこともありましたが、その後、特に親しくすることはありませんでした。
あの11歳の夏の、私と亜寿美ちゃんのような、二人きりの世界を作ることは、ほかの誰とも、ええ、男の子とも、もう二度とありませんでした。(完)
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