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妻は妻なりに原因を確かめようとしたらしく、声を出さずに口パクでしゃべって確かめてみたりして、そして妄想を増長させていった。
「口パクでしゃべって声を出しても入ないのに、わたしが言ったことを繰り返してくるの」
自分の考えが頭の中でそのまま跳ね返っているのだから何も不思議ではないのだが、妻はそういうふうには捉えていない。そして、声を出していないのに話した言葉が知られている、ということから妻の論理は飛躍する。
「隠しカメラがどこかに仕掛けられているかも」
その時点で僕は論理的に説明すれば妻も理解してもらえるだろうと思い、僕は妻がおかしなことを言うたびにひたすら妻の言葉を論理的に否定し続けた。
しかし妻の言動はなにも変わらない。妄想を前にして論理がいかに無力であるのかということを思い知らされ、己の無力感にさいなまされた。
いっぽうで妻は僕への信頼を少しずつ無くしていった。そして信頼の消えた跡はとてつもなく異様で強固な論理で満たされていった。お互いに、どうして相手は自分の言うことを理解してくれないのだろう。そう思っていた。
気がついたときにはすでに二週間近くが経過していた。
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