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「お時間はどうぞお気になさらず。年を取りますと早起きだけが取り柄になりましてね。八時を回る頃には朝の仕事は一通り終わってしまいまして、こうしてひまを持て余しておりますよ。」
そう言ってわたくしは右手に持った山羊毛のブラシと、磨きかけの靴を掲げて見せました。
「そう言っていただけると助かります。私も夜更かしする癖に、陽が上ると目を覚ましてしまうんですよ。今朝も五時過ぎには起きてしまいまして…。それはそれとして…私、田川さゆりと申します。以後、お見知りおきを。」
「田川さゆり…様…。あの『ポルトアレグレの夜明け』をお書きになった田川先生と同じお名前…。」
「ああ、もう気づかれてしまいましたか。…はい、あれを書きました、田川です。」
田川さま、いえ、田川先生は微苦笑しながら長い指の先で頬を掻いています。
「そ、そうでしたか…!わたくし、先生の作品の大ファンでして!『ポルト』も、あのウユニ塩湖を舞台にした『ボリビアン・ラプソティー』も、何度読み返したことか…!」
「ああ、南米・愛の逃避行シリーズ。私の処女作と、初期の作品群ですね。」
「はい。ああ、それにしてもわたくし、田川先生は女性の方だとばかり思っておりました。あの甘く切ないストーリー展開と風景描写の美しさは、女性の目線が生み出したものだと…」
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