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理不尽なさよなら
僕は、あの日を忘れない。
あの日、僕たち兄妹を潰れた瓦礫の中から懸命に救ってくれた、あの人たちを。
また、瓦礫の中から、両親の亡骸を見つけてくれた、あの人たちを・・
彼らは僕のヒーロだった。
田中信治は十八歳。高校三年生だ。
信治は、十年前の大地震で両親を亡くし、妹と一緒に児童施設で暮らしていた。
そんな彼でも、彼の学校での成績はトップだったし、スポーツも万能だったので、学校内でもたくさんの友人が居たし、彼女も出来た。
彼女の名前は綾瀬加奈。
信治は加奈といつも学校の成績を競っていた。ライバル兼彼女というところだった。
彼女との付合いはもう二年続いていた・・
「信治、進路決めたの?」加奈が聞いてきた。
「うん、大学には行かない事にした」信治が応えた。
加奈が目を大きく見開いて言った。
「なんで信治の成績で大学行かないの? 東大の理Ⅲにだって余裕で通るのに・・?」
信治は首を振りながら答えた。
「妹が私立高校に入るから、お金が要るんだ。それに僕が将来、夢みている職業は、大学に行かなくても出来るから・・」
「なりたい職業って何よ・・?」
信治は少し躊躇した様だったが、意を決して言った。
「僕は自衛隊に入って、人々を助ける仕事がしたいんだ!」
この事は加奈にはこれまで言っていなかった。
他の誰にも言っていない信治だけの秘密だった。
加奈は驚いた様に信治を見ていたが、その後、微笑みながら言った。
「地震の時に自衛隊の人に助けられた話、前に聞いたわ。だからね?」
「そう、僕のヒーロは彼らだから。僕も彼らみたいに、誰かのヒーロになりたいんだ」
加奈は頷き、そして言った。
「私は東京大学に行くわ。信治とは違う道だけど、私は大学の勉強の結果で、人の役に立ちたい。だから一緒に頑張りましょう」
その年、信治は自衛隊の航空学生を受験した。八十倍の狭き門だったが、信治は見事合格した。
加奈も東京大学文Ⅰに合格した。
四月から、二人は離れ離れとなった。
特に信治は、入隊後の勤務地が何度も変わったが、二人の関係はずっと変わらなかった。
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