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夜が歌っている。
そんな風に感じられる日だった。天体は高く広がり、月は高く、蕩けている。雲がのんびりと伸びながら、風に吹かれて消えていくのを僕は見ていた。
夜が一人で歌っている。公園のブランコの上で、夏の湿度が涼しい風に吹かれる中、ゆったり時間が溶けている。
僕はまっすぐ帰るつもりだった。塾の帰り道、もうすっかり真っ暗だ。もう秋だ、夜時間が早く訪れる。夜の散歩は好きだ。暗くて静かで、ひとりぼっちがよく似合う。
そんな時、『彼女』を見つけた。公園で。
彼女は静かに聴いていた。夜の歌だ。
夜の子守唄を、彼女は黙って聴いていた。
そんなわけ、ないのに。僕は見つめた。
そんなわけない、だって彼女には
耳がない。
それなのに心地よさ気に目を閉じて
今日の終わりを感じていたんだ。
夜が歌っている。一人で歌っている。
音はなく、ただ静か。
当たり前さ、夜は声で歌わない。気配で奏でるものだから。今夜は月が明るいから、星はこぼれて落ちていく。強い光の一等星たちが、濃紺の中ピカピカと輝いている。
その日も『彼女』はそこにいた。
ベンチの上に座って、落ちていく星たちを
ひっそり佇みながら見つめている。
そんなわけないのに、僕は不思議だった。
そんなわけない。だって彼女には
両目がない。
それなのに月明かりに照らされながら
ぼんやりと星めぐりを見つめてる。
そうして彼女は夜の子守唄を聴きながら、
優しそうに歌うんだ。
口もないのに歌うんだ。
耳も目も口もなく、
足も手もなんにもない。
ただ満たされたように微笑んで
砂場のお城のてっぺんで
両手を広げて踊ってる。
そうして夜は
誰にも聞こえない子守唄を
彼女のために歌うんだ。
夜は昼間と勝手が違うんだろう。誰も教えない、知らない事実。僕は夜の吐息を吸い込みながら、拍手の代わりに感嘆を漏らした。
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