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小高さんは私が新卒で入社した時の初めての上司だった。
地方の小さな広告代理店に就職した私は、宣伝材料部というなんだかよくわからない部署に配属された。そして毎日、「台風の予感がする空」の写真を撮ったり、「プラスティックで作ったようなスニーカー」を買いに走ったりしていたのだった。
小高さんは特別面倒見が良いほうではなかったが、後に「初めての女の部下だったから、馴れ馴れしくならないよう気をつけていた」んだと教えてもらった。
営業部に移った小高さんはそういった配慮をせずに済むと思ったのか、むしろ親しさを増したように思う。営業部の部下と飲むときに呼んでくれることもあった。私は宣材部の新しい上司の愚痴をこぼしたり、時には当時付き合っていた男性とのすれ違いを相談することもあった。
営業部時代の小高さんは、私にとって力強く、頼りになる年上の男性の代表だった。業績不振の我が社をその肩に背負い、会社に寝泊まりしては日夜奔走していたことに気付くには、私はまだ幼かったのだ。
私が宣材部の主任になった時、小高さんは目を細めて喜んでくれた。会社の未来がどうあれ、私の成長が嬉しかったのだと今なら分かる。子供の頃に父を亡くした私にとって、小高さんは第二の父であった。
そりの合わなかった宣材部の部長が退職し、新しい上司はユーモアのある人だった。仕事の相談も新しい上司にするようになり、小高さんとは距離が出来た。
先週、小高さんを見かけたのは一年ぶりぐらいだろうか。くしゃ、と顔を崩して笑いかけ、軽く手を振ってくれた。手を振り返しながら思った。いつからだろう、と。いつから年上の男性は、力強く守ってくれる存在ではなく、弱く守るべきものになったのだろう。そのことを隠そうとした自分に、別の自分が言う。喜んでくれるかもしれない、娘の成長を。
小高さんにはまだ答を聞いていない。
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