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「私は急がなきゃなきゃならないんだ、早くこれを届けなきゃならないから。」
彼女は荷物一つ持っていないのに、どういうことだろう。
「引き止めて悪かった、怪我の治療してくれて嬉しかった。」
「いえ、人として当然のことをしたまでですよ。」
自分の口が、顔が、完璧に内心を押し殺して勝手に動く。こんな自分を殺してやりたい。
「それでもありがとう、さようなら。」
その言葉を聞いたのは何年ぶりだっただろう。
ありがとうもさようならも、誰にも言われたくなくて、誰かに言われたかった言葉だ。本当ならば、去っていった全員に私から言いたかった。
また昔の話を思い出してしまった。
彼女の姿はいつの間にか見えなくなっていた。さよならを返すことすら出来なかった。いつもと同じだ。こうして、足踏みしている間に、皆去っていく。
お願いだから少し待ってくれよ。
女々しいことにしばらくその場に蹲って、額を地面にこすり付けて泣いてしまった。
無様だってのに、何に対してそんなに激しく泣いていたのかすら、私にはわからなかった。
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