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踵の高い靴を履いているにも関わらず、かつかつと足音は鳴らない。積み重なる埃や砂が音を吸収しているのだろう。テロスの日の前ならばロボット掃除機が全て吸収していただろうが、この地域はテロス以後の計画停電により送電が切られた地域にある。哀れな彼らは充電もままならず、どこかの棚の下で息を引き取っているに違いない。この図書館は友人宅であることから度々掃除を行うが、元来私は部屋は丸く掃くタイプだ。親切な誰かが引き出すまで、彼らにはゆっくりしていてもらおう。
「タイラ、いないの?」
「何だ、また来たのか。暇なのか。」
彼は緩慢に一般文芸の書架から顔を出した。彼の長い髪が顔にかかる。全人類のテロスの日の身体状況に戻るという体質から、散髪しても数分後には伸びる髪だ。日頃からの不精の代償は重い。
この男が私に対する認識に疑惑のある友人、一原平だ。当時は大学院生であり、テロスが起こったその日も、高熱を出しながらこの大学図書館に缶詰になって研究課題論文を書き上げているところだった。永遠の熱に浮かされた頬は赤く、伏し目がちの長い睫毛と運動不足で細い手足と相まって儚げな印象を与えている。
珍しく今日は、彼は勝手に寝ぐらとしている図書館に在宅していた。
「そんなに来るなら、ここに住めば良い。場所ならある。」
なるほど、この建物は木製で出来た家具が多数あり、年月によって腐食しつつある。そろそろ大規模な清掃活動が必要となるだろう。
「いや、ここは出勤に不便だから。」
「そうか。」
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