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「それは私の性別に引っ掛けた蔑称じゃないか。それに、学生時代どう呼ばれようと、社会で何も出来なかった。その程度の者さ。」
無言を貫く彼は、私の声を既に聞いていなかった。一般文芸の書棚を経由して、数冊の文庫本を手に、ゆったりと階段を上がっていく。
「今日のお話しは終わり?」
長い時間をかけて三階に到着した彼に、吹き抜け越しに呼びかける。
「ヴィクター工学のさわりしか聞いてないよ。」
確かに愚痴をこぼすという目的は達成したが、それだけでは味気ないじゃないか。しばらくの沈黙にため息をつきそうになった時、彼はひょい、と顔を出した。
「そら、受け取れ。」
声と共に分厚いキングファイルと、片手で持てない大判書が続け様に投げ落とされる。これらは重力に従って落ちていくが、その加速度からいってそのまま床に落ちれば破損は免れない。
「うん? えっ、ばか。」
落下地点に身体を滑り込ませる。間一髪のところで自身をクッションにし、破損を免れることに成功した。おまけのように礫となって文庫本の鋭利なページが顔面を切る。血がついて染みとなることだけが心配だ。粗末に扱われた跡のある本は私の憎むところである。奇跡的にも全ての本に傷はつかなかったことに安堵する。
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