第一章 ツクモノと轆轤首

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「あとは隣の寝室にある布団を(くく)れば、今日の所は一先ず終了だな」  背の高いおじさんが言いました。どうやらこの人達はお婆ちゃんが帰ってくる前に、この家のものを全部を処分しちゃうみたいです。この家でお婆ちゃんが積み上げてきたもの全てを、消し去っちゃうみたいです。  私もう泣きそうになりました。無論涙なんて出ませんけど。  壁に飾ってあった時計の長い針が一周程した頃。隣の部屋のものの整理が終わったのか、また二人はこの部屋に帰って来ました。  どうせなら帰って来なくてよかったのに。そう思ったのも束の間、彼らはとんでもない事を言い出しました。 「この日本人形どうする? 状態は綺麗だけど今時こんなの欲しい物好きなんて居ないでしょ」 「そうだな……このマンションの近くにあるゴミステーションにでも捨てるか」  なんとこの人達、私の事を捨てるって言い始めたんです。持ち主でもないのに、捨てるって言い始めたんですよ。これが納得いくと思いますか。  ですが私が納得いかなくても結果は同じでした。どうやら本気でこの人達は、私の事を捨てるようです。  早く帰って来てよお婆ちゃん。私にはそう願う事ぐらししか出来ませんでした。  外はさっきも言った通り、雨が降っていて風も強いです。それなのに背の高いおじさんは、私をガラスケースごと持ってそのまま家の外へと飛び出しました。  走って飛び出したところを見るに、おじさんは極力雨に濡れるのを避けたかったんでしょうか。何せ私を持っている分、ただでさえ傘が持てないんですからね。  それなら派手なあのおばさんに、傘を持ってもらって相合傘でもすればよかったのに。でもおじさん一人で行かされる様を見ると、二人の仲もあまりよくはなかったのも知れません。  家の外に出るのは初めてでした。私は気付いた時からお婆ちゃんの家の中で飾られていて、外に出る機会も全く無かったからです。  外の世界には狭い部屋では想像も出来ない程に、広々とした景色が広がっていました。言っても家にいる時よりも単に広いと言うだけで、印象としては何か建物がいっぱい建ち並ぶ、活気を感じさせない薄暗そうなものでしたけどね。  こんな陰気な建物の中で私も暮らしていたのかと思うと、少し残念な気もしました。もしかすれば家が明るく感じていたのは、お婆ちゃんが居たからなのかも知れません。 「よいしょ、重かったぁ」  目的地に着いたおじさんは、この有を感じさせない無機質な敷居の中に私を置きました。周りにはお婆ちゃんのものが入ったものとはまた違ったゴミ袋達が、自分達の運命を悟っているかのように佇んでいます。  彼らの仲間に私も入ってしまうんですね。どうしてお婆ちゃんは助けてくれないのでしょうか。  おじさんが去った後、私は考えました。  降り注ぐ雨の中、ガラスケースに雫が滴り落ちる、新鮮だけどつまらない景色。どうせならこんな景色じゃなくて、テレビ越しでしか見た事がなかった、あの晴れた青空が見たかったなぁって。  お婆ちゃんは私をとても大事にしてくれていた事もあり、私は日光を遮断された生活を送っていました。  勿論日光には着物の色が褪せたり、その色が私に移っちゃったりと、私にとっていい事がこれっぽっちもないぐらいわかっています。だけど一度だけ、一度だけでもいいから、私はお日様の顔を見てみたかったなぁ。  そして夜になりました。雨は既に止んでおり、この無機質な敷居にも人工的な光が灯されました。そのチカチカと鬱陶しいぐらいに点滅する光は、周囲の暗黒を私に見せしめるには十分でした。  怖い……。私はその時初めて恐怖心と言うものを抱きました。  いつもお婆ちゃんは寝る前に私に、「おやすみ」と言って隣の部屋へと向かっていたので、これまでこんな感覚は感じた事も無かったのです。本当の孤独って、こんなにも辛いものなんですか。  あまりの寂しさに、思わず私も(うずくま)りたくなりました。しかしその(ささ)やかな想いすらも、動かない私の体は冷たくそれを阻みました。  もう誰も助けに来ないんだ。絶望に飲まれて、私が感情を失いかけたその時でした。  私の頭上の上からまたしても聞き覚えの無い声が、背丈の高い靴を履いた足を私の視界いっぱいに映して聞こえてきたのです。 「おっ、珍しいな。今時市松人形がゴミステーションに捨てられてるなんて」
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