第一章 ツクモノと轆轤首

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 そんなダイレクトに言わなくてもいいじゃないですか。既に捨てられた事を自覚しかけていた私に追い打ちをかけるが如く、その人は鼻で笑いながら言ってきました。  しかしながら助けが来ないのもまた事実、その人が言っている事にはぐうの音も出ません。 ……これ、笑う所ですよ。だって私は市松人形ですもの、喋れるわけないじゃないですか。  その人は私の入ったガラスケースを持ち上げると、私の顔をじっと見て黙り込んでしまいました。  何か私に付いてるの? そんな事を思い浮かべてその人の顔を私も見つめ返します。声で大体予想は出来ていましたが、この方は女性の方でした。  シュッとした鼻に少し日に焼けた茶色い肌、顔付きは美人な日本人なのですが、髪の毛の色はなんと金色。こんな人ドラマでしか見た事ありません。如何(いか)にも不良って感じです。 「わりかし可愛い顔してんじゃん。このお人形ちゃんは」  今朝から罵倒を浴びせられて、少し自信を失いかけていた私の容姿を、彼女は褒めてくれました。何だかお婆ちゃんと話してるみたい。どうやら私は、この女性とお婆ちゃんを重ねてしまってるようです。  出来る事ならお婆ちゃんが帰って来るまでの間、この人の家で暮らしてみたいなぁ。そう思えてしまうのも、私の心がよっぽど孤独から遠ざかりたかったからなんですかね。 「よしっ! 今日からお前はアタシが面倒を見てやるからな」  あたかもこの人は、私の心を見透かしているみたいに言い放ちました。私の事を褒めてくれるだけじゃなく、家にまで置いておいてくれるなんて、この人は仏か何かでしょうか。  この時私は心の底から安堵しました。自分はお婆ちゃんが帰って来るまでの期間、私を大切にしてくれそうな人の家に留まれる事に。  そして願いました、お利口さんにしてるから早く帰ってきてね、と……。  *  この人の家はお婆ちゃんの家の真上である三階にありました。  なんて言うかその、ケンエイジュウタクとか言うらしいのですが、私にはその辺の事はサッパリわかりません。要するに人の住む場所と言うのは様々なようですね。  私の入ったケースを抱きながら、彼女は重い鉄の扉を開けて家の中へと入りました。そして私はこの時彼女が思っていた以上に綺麗好きである事を、光が灯った部屋を見て理解しました。  しっかりと整頓された本棚には、彼女が大切にしているであろう図鑑の数々。それもお花や植物などのものだけではなく、よく見ると妖怪大百科なるものも沢山見受けられます。  今時妖怪なんて、変わった趣味をお持ちの方ですね。  テレビのすぐ前には小さな白い机が置いてあり、その真ん中にはテレビと空調設備のリモコンがキッチリと並べられていました。  こんな今風な家に私なんかを飾って、本当に大丈夫なのでしょうか。お願いですからどうか、すぐには捨てないで下さいね。 「ぬああああ重いいいいッ!」  そんな彼女も私のケースの重さに疲れたのか、とうとう私をその小さな机に勢いよく置いてしまいました。  ガタッ、私がガラスケースの中で傾いてしまいました。思っていたよりも強い振動のせいで、髪の毛も大きく乱れてしまっているようです。  でもその華奢な腕で、よくここまで運んできてくれました。お疲れ様です、お姉さん。
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