第二章 加胡川と天狐

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 言っちゃあ悪いですが私には、彼女が心の幼さを手に入れても何かが変わるとは思えませんでした。そもそも天狐さんは、「心の幼さ」と「未熟さ」を間違えているに過ぎないんですから。  彼女が真に求めているのはおそらく、私のぎこちない行動の数々を生み出している「未熟さ」なのでしょう。  ですが未熟さもまた、己の成長する過程によって自然と消滅するもの。故にかなり歳を取られている天狐さんには望んでも手に入らないものである事も忘れてはなりません。 「……ツクモノ、お前声漏れてんぞ」 「はい!?」  まず初めに、轆轤首さんが日本語を喋っているのかを疑いました。だって聞き間違いでなければ今さっき考え込んでいたものは、既に私の口から世に出てしまった事を彼女の発言が示しているんですからね。  仮にもそうであるのなら私、とんでもない事を言ってしまったのかも知れません。 「ツクモノ……お主それは本心か?」  助手席から後ろの席へと顔を覗かせる天狐さん。その表情は言わずもがな、静かな怒りを感じさせていました。  本当なんだ、私が変な事を口にしたのって……。  車を運転していた加胡川さんもこの状況に危機感を覚えたのか、顔は見えずとも焦っている感じで口を開きます。 「おいツクモノ! 早く今の言葉を訂正しろ」  彼も彼なりにこの場の空気を正そうとしたのでしょう。しかし加胡川さんのそんな気遣いすらも、天狐さんは軽々と跳ね除けました。  鋭い視線を加胡川さんへと向ける天狐さん、それは本当に彼が彼女の弟子であるのかを、疑問に思わせるには十分過ぎるくらいでした。 「少し黙れ、馬鹿狐」  変な所が子供っぽいのは、天狐さんの悪い所なんでしょうか。見た目に反して弟子に好き勝手振る舞う様子は、まさにワガママな子供そのものですし。  せっかく声を掛けてくれた加胡川さんも、彼女の発言の効力で黙っちゃいました。 「で、どうなのじゃ」  険悪で重苦しいムードが車内を包み込みます。  辛い……。もうこうなったら本当の事を言う他ありませんね。正直今彼女の思う通りの状況を作ってしまっては、これからも絶対天狐さんは友達が出来ずじまいになってしまいますから。  であれば今、私の身がどうなろうともここで口を開いた方が彼女の為にもなるってものです。  こうして腹を括った私は、捉え方によれば罵倒のようにも聞こえる鋭い言葉を、天狐さんへと向けました。 「はい……本心です。だって天狐さん、あなたは自分に友達が出来ない理由を歳のせいにしているんですもの」 「……ッ!」  私が思っていた以上に本心と言う刃が鋭かったのか、天狐さんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を見せました。それは同時に、これまで彼女がそんな指摘をされていなかった事も意味していたんだと思います。  更に私は湧き上がってくる言葉の勢いを発散するべく、そのはけ口を天狐さんとして詰まる事全部ぶつけました。 「心の幼さがあるから友達が出来る? 寝ぼけた事言わないで下さい! あなたは何もわかっていません……。心の幼さ、そんなものがあっても家に閉じ込められて生活していれば、友達なんて出来ないんですから……」  家では一人寂しくノートパソコンの画面とにらめっこしていた私と言う存在。休日こそ轆轤首さんが居ましたがそれも仕事の無い日だけ、彼女が居ない間は結局のところ一人だったんです。  姿が姿だけに家の外にも出られず、ただ画面を見つめるだけの生活、そんな生活が楽しいと思えるわけがありませんよ。 「貴方はまだ化けられる点で言えば有利なんですよ! だから……」  せめて轆轤首さん以外にも誰か居てくれればよかったんですけどね。ーー例えばあの時家に入ってきてくれたお爺さんのような人とか。まぁそんな事を考えても過ぎた事なので仕方がないです。  だけど天狐さんにはまだ十分に、友達を作る力は有るんです。何故ならあのお爺さんみたいに、友達を作るのに年齢なんてこれっぽっちも関係は無いんですから。 「……そんなに友達が欲しいのなら、私と友達になって下さい!」  その発言が全てを台無しにしたような気もしました。隣に居た轆轤首は突然吹き出し、前に居た加胡川さんも驚きのあまり跳ね上がっていましたよ。  そして肝心の天狐さんはと言うと、呆気に取られた表情をこちらに向けたまま、皺の寄った(まぶた)をパチクリとさせて言いました。 「本気で言っておるのか、それ」 「はい」  目的地へと近付いてきたからか、次第に薄れていく深く白い謎の霧。そんな中を私達を乗せた車は、未だ静かに走っていました。
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