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「ああっ!? ゴメンゴメン、すぐに直してやるからな」
気の利いたセリフと共にお姉さんは、私の入ったガラスケースの蓋を開けて私の体勢を直そうとしてくれています……。ですがこの出来事こそ、私の運命を大きく変えるきっかけとなりました。
お姉さんが私の体に触れた途端、私は彼女から得体の知れない何かが流れ込んで来るのを感じました。
脈をうちながら、ドクンドクンと流れ出てくる謎のエネルギー。その膨大とも言える力が私の中に駆け巡ると、やがて私は、手と足や心全てが繋がったような感覚に襲われました。
「わあっ!?」
一瞬、誰の声かわかりませんでした。
初めこそお姉さんの声かなと思いましたが、この幼い感じの声は明らかにお姉さんのものではありません。それに部屋に誰かが居るにしても、こんな市松人形の傾きを直すだけで誰が驚くのでしょうか。
実はこの声、なんと私から発せられたものでした。
「えっ……お前喋れんのか?」
驚くのも無理はありません。何せ当の本人である私ですら、この現状を把握しきれていないんですからね。今私に触れただけのこの人が、この未知を理解出来る筈がありませんでした。
「あ……私……声が出てるの……?」
試しに意識して声を出してみると、ちゃんとハッキリ私の声が出ています。それもさっきと同様の、幼さを漂わせるあの声です。更に声を出せる事と同時に理解したのが、発声と一緒に口も動いていると言う事でした。
つまりはそれらが何を意味しているかと言うとーー。どうやら私、動くみたいです。
「そう、みたいですね。アハハ……」
お姉さんは口を大きく開いたまま私の顔を、またしてもジッと見つめていました。
当然の反応ですよ。私が逆の立場だとしたら絶対にこんな人形外へ放り出すでしょうからね。寧ろこれで感情を相手に伝えられる、なんて一瞬でも思ってしまった自分の方が恥ずかしいです。
案の定お姉さんは、ガラスケースに入ったままの私をケースから取り出しました。そして終いには私の体を、高らかに天井へと掲げました。
どうせ地面に叩きつけられるんだろうな、せっかく生ーーと言っていいのかもわかりませんがーーを受けたのに。出る筈のない涙を、私は心の何処かで期待していました。
「うおおおおおおッ!!」
するとお姉さん、何を思ったのか私を物凄い勢いで振り下ろしました。
これがまた怖いのなんの。テレビで見た恐怖のジェットコースターってやつを、そのまま実感しているかのようでした。それでも尚、この人は私を遠くへ放り投げない。一体彼女は何を考えるんでしょうね。
ううっ、目が回り過ぎで喉の奥から何かが込み上げてきそうです。
「やめて下さいやめて下さいやめて下さい!」
私は必死に訴えかけました。これまでに体験した事の無い躍動感に、私の体は耐えきれなかったからです。
動く事を確認した腕を、パタパタと振りながら命乞いをする。もはや側から見れば滑稽とも言えるその姿は、自分でも情けなく思えましたよ。
「あっ、悪りぃ悪りぃ」
ようやく私の呼び掛けに応じてくれたのか、お姉さんは私を振り回す事を止めてくれました。
助かった……。一時の休息に胸をホッと撫で下ろしていると、次に彼女がとんでもない事を言い放ちました。それは思わず、私も耳を疑ってしまうとんでもないものでした。
「久しぶりに妖怪に出会えて嬉しかったんだ」
「……へぇ?」
「実はアタシも……妖怪なんだよ」
そう言うとお姉さんは、ニンマリとした表情を浮かべました。すると私を手に持ったまま彼女は、あろう事か自身の首を伸ばし始めたではありませんか。
これには流石の私も、大声を上げて全身を震わせてしまいました。このお姉さんも、どうやら人間じゃなかったみたいです。
「ウギャァァァァァァァッ!!」
再び手をパタパタとさせて、お姉さんの腕の中で私はもがきました。逃げなきゃ彼女に食べられてしまうかも知れない。その一心でした。
しかし私の体格が小さかった事もあり、敢え無く敗北。そのまま机の上に、ちょこんと座らされてしまいました。
「あ、ああ、ああ……」
「何も驚くこたぁねぇだろ。お前も似たようなもんだぜ、動いて喋る市松人形とかさ」
「そ、そうですよね……ごめんなさい」
何とか落ち着きを取り戻した私は、彼女の言葉に一つ一つ耳を傾けてみました。
よくよく考えてみれば、彼女の言う通りなのかもしれません。人形の私が動いたんですから、人の首が伸びてもおかしくは、おかしくは、ありますよ、やっぱり。
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