第一章 ツクモノと轆轤首

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「おっ、いいじゃん。腕が鳴るぜ!」  私はテレビやお婆ちゃんの独り言をよく聞いていたので、難しい言葉もそれなりにわかっているつもりです。  でも言葉をよく知っているからと言って、名前を付けるセンスがあるのかと言うと、それはそれで黙り込んじゃいます。しかも私は、お婆ちゃんから「お人形さん」としか呼ばれた事がなかったので尚更です。  ああ神様、私に生をお与え下さったのでしたら、ついでにネーミングセンスと言うものもくださればよかったのに。まぁ轆轤首さん、意外にも名前を付けるのにはノリノリですので、命名は彼女に任せる事にしましょう。  いい名前、期待していますね。  ですがその話題は、いつの間にか私が何の妖怪なのかと言う話題に流されちゃいました。  まぁ名前はパッと決められる物でも無いですし構いませんけど。この人って結構物忘れしやすい人なのかな。 「しっかしツクモガミにしてはお前は日が浅いもんな。それに今時市松人形なんかへ、好き好んで取り憑く霊もいねぇだろうし」  本棚に飾ってあった妖怪図鑑なるものを開いて、轆轤首さんはそんな事を言っていました。  さり気なく私の事を(けな)しているようにも思えますが、ここは気にせず彼女の見解を聞いてみる事にします。  と言うか彼女程長生きしているのであれば、普通私によく似た妖怪も知っているんじゃないのでしょうか。だとしたら彼女、物忘れが激しいってレベルじゃないですよ。 「あの……。ツクモガミって何ですか?」  そもそも私は妖怪の事に関してはからっきしなので、轆轤首さんにツクモガミが何なのかを聞いてみる事にしました。  とは言っても、彼女は人間の妄想記録帳のような妖怪図鑑に(すが)っているぐらいなので、あまり期待は出来そうにありませんけどね。  すると轆轤首は唐傘小僧と言う妖怪のページを開いて、ツクモガミについての説明をしてくれました。どうやらそれについては、しっかりと覚えていたみたいです。 「付喪神(つくもがみ)ってのはだな、百年以上使われた道具が意思を持つ事で生まれる妖怪さ。唐傘小僧(からかさこぞう)とかカマナリとかがその部類だぜ」  後者の唐傘小僧についてはテレビで知ってはいますが、カマナリぐらいになるともう専門寄りになっちゃって私には全然わかりません。  ともかく、百年以上経たなければその付喪神ではない、って理解でいいですよね。またあんまり聞いちゃうと、轆轤首も困ってしまいそうなんでやめておく事にします。 「そこでアタシは考えた! お前の名前は一番可能性としてある付喪神から(もじ)った“ツクモ”ってのが一番妥当だろうが、もしお前が人形に憑依した霊だった時の保険も兼ねて……“ツクモノ”って名前はどうだ?」  そこでそう来ましたか。私の正体を調べていただけでなく、しっかりと名前も考えくれていたとは抜け目無い。  しかも「付喪神」と「()(もの)」を掛けてるんですよ、このツクモノって名前は。これには私も、感服のあまり脱帽しちゃいました。  忘れっぽい人とか思っちゃってごめんなさい。 「いいじゃないですか“ツクモノ”! 最高の名前ですよ!」  予想以上の出来の良い名前に私も興奮してしまい、もう頭の中がこれ以上にない幸福で満ち満ちていました。  ツクモノ、ツクモノーー。あぁ、何度言っても素晴らしい名前ですね。私の名前を考えてくださってありがとうございます、轆轤首さん。 「じゃあ早速だけどツクモノ、お前腹減ってねぇか?」 「お腹……ですか?」  何だか轆轤首さんの気迫に押されてしまって私の声が縮こまっちゃってますが、彼女の問い掛けを私は鸚鵡(おうむ)返ししました。  妖怪になったばかりの私ではありますが、実は空腹と言うものは感じてません。妖怪も一応生き物らしいですから、空腹も感じるとは思うんですが。  しかし私の体はゴムっぽい手足以外は、何だか硬い素材で出来ています。それらがどう言った原理で動いているのかすら、不思議なくらいなのに、そんな私が食べ物なんて食べても大丈夫なのでしょうか。 「いやぁお前の体は見た所だな、昔の市松人形みたいに木や布では出来ちゃいないだろうからさ。食べる事は大丈夫なんじゃねぇかなって」  何たるアバウト過ぎる見解……。何を根拠にそんな事を言えるのやら。「大丈夫なんじゃねぇかな」で適当に済ませている辺り、これから先この人について行くのは結構勇気が必要だったりするのかな。  そう思うと私、やっぱり不安です。
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