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「あの、お爺さん……」
「なんだい? ツクモノちゃん」
ずっと感謝の言葉を言えないまま、しばらくの時が経ってしまいました。
確かにそれは、妖怪としての生涯の日数として見ると、大した日数でないかも知れません。ですが私からすればその大した事ない日数でも、間が空いてしまった事に変わりはあまりませんでした。なのでこうしてお爺さんと出会い、お礼が言える日を、どれ程待ち望んでいた事か。
早速私はお爺さんに、溜まりに溜まった感謝の念を、出来るだけ簡潔に、尚且つ感情を込めて伝えました。
「あの時は、どうもありがとうございました。おかげ様で轆轤首さんとの仲も、こうしてしっかりと保ったまま過ごせています」
するとお爺さんは、私の感謝の言葉を一言一句頷きながら聞き届けます。そして今度は首を横に振りました。
「いいや、それはワタシのおかげではないよ」
「で、でも……」
「ワタシは単に君の気持ちを後押ししただけさ。全ては君の選んだ道、ワタシの影響力なんて所詮、大した事はない」
何処までも謙虚なお方です。彼の心意気に、私は心を打たれました。
多分この人はこの言葉を言い慣れている、だからこそ言葉の意味を誰よりも知っているんだ。そんな曖昧な想像でも、お爺さんの発言にはそれを確信させる程の、十分な重さが込められていました。
「ほら、最近買った茶葉だから上手いと思うぜ」
「すまないね」
「気にすんな」
お盆の上に湯気の立つ湯呑みを乗せた轆轤首さんは、その湯呑みをお爺さんの前に置いて、私の隣に腰を下ろしました。いつもの彼女の表情と言ったら、何処か強気で自信に満ちているものですが、今日は普段よりも落ち着いている様子です。
それはまるで心紡ぎの宿の、私へ昔話をした時の顔に酷似していました。
「……前にもこの家に来てたらしいな」
「ああ。その時は勝手にお茶をいただいたよ」
「アタシの大福も、だろ。全く、そん時も言ってくれりゃあ仕事も休んだのに」
「それはいけない。労働の対価を払ってもらっている人間に、君も迷惑は掛けられないだろう」
「ごもっともだな」
しばらく沈黙が続きました。
誰も、何も切り出さない時間。別に空気としては重苦しくはないけども、何処か口を開いては負けみたいな、あの雰囲気が部屋を満たしていました。
いい加減誰か喋ったらいいのに……。なんて事を思っていると、私はまたもその表情を表に出してしまっていたようです。
「君は相変わらず自分を偽る事が苦手なようだね、ツクモノちゃん」
「はっ、ごめんなさい。私ったらつい……」
「気にする事はないさ。ワタシも大方同じ事を考えていたよ」
少し表情を崩して、お爺さんはまた微笑みかけてきました。それに対し轆轤首さんも、呆れたような口ぶりで言います。
「ふん、結局口を開かないアタシが悪いみたいじゃねぇかよ。なら単刀直入に言わせてもらうぜ……」
前々から思ってましたが轆轤首さんって、やっぱり野鎌さんと口調が似ていますよね。単刀直入って切り出し方も、口調が似通っているからか同じように聞こえてきましたし。
ただ、決定的に違うのは彼女が、性格的にキザに成りきれていないところでしょうか。その点で言えば轆轤首さんも、荒々しい話し方をなんとかすれば、もっと印象が変わってくるのかも知れませんね。と言うか今はそんな話、どうでもいいです。
「……今日は一体何の用件なんだ、ぬらりひょん」
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