第一章 ツクモノと轆轤首

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 なるほど彼女が伝えたかったのはこう言う事でしたか。にしてもこれが冷覚。私は今、また一つ生を得た事を実感したような気がします。  一方で今手渡されたコップは、さっき感じた冷たさは感じませんでした。つまりはこのコップに入った水があまり冷たくないって事なのかもそれません。  まぁ私としてはあの感覚がまだ慣れていないるので、これぐらいの温度が丁度いいと思います。それにこの水もせっかく手渡されたので、口に飲んでみる事にしましょう。 「あっ」  水を喉に通すや否や、体全体に水が、地中深くに張る根の如く駆け巡っていく感覚がしました。これまた目を見開いちゃうぐらいに、びっくりする感覚ですね。  おそらくこれも私が水分どころか湿気すらも無縁の生活を送っていた為、体が水にびっくりしちゃったからだと思います。ちなみに味に関しては透明さが物語っている通り、すっきりとしていてとても飲みやすかったです。  正直今の所はそれ以外に特筆すべき感想はありません。強いて言うなら水漏れしないか心配なぐらいです。  それにしても今日と言う日は初体験が連続する一日でした。お婆ちゃんの死を知り轆轤首さんとの出会った、もうこれだけでも私からすればいっぱいいっぱいですのに。  だからきっと、今日と言う一日はこれからもずっと忘れる事が無いでしょう。  急に轆轤首さんの話し方が変になっちゃったのは、私が水を飲み終わってからしばらくした後の事でした。  彼女が手に持っていた銀色の缶は既に中身を失っているみたいで、傾いた角度からは中の液体が流れてくる事はありませんでしたが、頬を赤らめて胴体から離れた頭をカクンカクンさせながら彼女は言いました。 「けどよぉ……なんかなぁ……あれだよ」 「どうしたんですか? 轆轤首さん」  わけのわからない物言いに加えて私の問い掛けにも反応しない辺り、轆轤首さんの意識は朦朧としているみたいです。  伸びた首も不規則に唸っており、このままではこんがらがっちゃいそうで私も不安ですよ。一体彼女はどうしちゃったんでしょうか。  そうこうしている内に轆轤首さんは、遂に白い机に立て掛けた肘を倒してうつ伏せになってしまいました。  持っていた缶も中身が入っていなかったとは言え床に落ちてしまい、伸びていた首も同様に力尽きたのか、ドサッと音を立てて机に向かって落ちてきました。  目を瞑って笑みを浮かべた横顔を見るに彼女、どうやら眠ってしまったようですね。こんな所で寝ちゃったら風邪引いちゃいますよ。  しかしながら布団があれば掛けさせてあげたいのですが、辺りを見回してもそのようなものは全然見当たりません。まぁあった所で私の非力な力ではそれを持ってくる事も困難でしょうけど。  悩んだ挙句、私は自分が身に付けていた赤い着物を、彼女の肩に掛けてあげる事にしました。  私の着物なんて轆轤首さんから見れば明らかに小さいですが、如何(いかん)せん無いよりかはマシです。それに私はまだ下に二枚着物を着ていますので、正直脱いじゃっても大丈夫です。  早速帯を解いて上に纏っていた着物を脱ぐと、私は彼女の肩に自身の着物を乗せてあげました。サイズ的には轆轤首さんが華奢な事もあり、思っていたよりもピッタリでした。  これでとにかく一安心……って言うか襦袢(じゅばん)姿だとこんなにも動きやすいんですか。私が動けるようになった事で実感出来る事柄は、これからもまだまだ見つかりそうです。 「なぁ……ツクモノ」  ふふふ。この人、寝言言っちゃってますね。出来るだけ轆轤首さんの睡眠を妨げないように、私はお婆ちゃんを見ていた時と同様にじっと彼女を見つめてみました。  それにしても幸せそうな寝顔です。私もこんな顔が出来るようになるのかな。そう思っていた矢先、ふと轆轤首さんの口からは予想外の発言がこぼれ落ちました。 「……会えて嬉しかったぜ」  やだ、何言ってるんですか轆轤首さん。それを言うのは寧ろ私の方ですよ。あなたが私を拾ってくれなきゃ私は今頃何処に居たのかすら見当もつきませんし。  だから先にそんな事言われては私、私……。 「あっ」  ふと視界が歪みました。そして頬に伝わる熱い水滴が流れてくるのもわかりました。  これってもしかして。考える間も無く私は理解します。それが密かに待ち望んでいた涙と言うものである事を。 「だからあの時……水を飲めって言ってたんですか」
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