破綻

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 鈍い音で薪は歪に割けた。  力を均一に入れなかったがためか、或いは心ならずも長くなった滞在に無意識が警鐘を鳴らしたせいやも知れぬ。  黒い不安が胸にべたりとこびりつき、じわじわと瀝青(タァル)のようにゆっくりと、しかし確かに拡がっている。  俄に上昇した心拍に、私は縁側に座した。勢い付いていたものだから家が軋む。縁側だけではない。家全体が軋むのだ。  私は葛籠を引寄せ腕に抱いた。  物音はない。  山奥だからなのか、私の不在を誰も不自然に思っていないためか。  木々の合間から、この小屋の裏を眇めた。  もう直に陽は落ちようとしている。風が哭いたように聞こえて立ち上がる。薄暮が、迫っている。足元から、不穏のように、迫っている。  がさと音を立てて私の頭上すれすれを鴉が掠めた。急上昇し、軒に留まった黒は小首を傾いで私をみる。  ぎゃあ、と人の断末魔に似た声で鳴く。  ざり、と、再びの物音に、私は見返る。  「何が、」  血の引く音を聴いたようだった。  白い肌は鬱血し、あの美しい鼻梁は見目にも明らかに砕かれている。左目は腫れ上がり、右目は割けた皮膚から血が脈打っている。  長い足を引き摺り歩く姿は最早這うに近く、乱された髪はまるで細い絹が幾重にも重なりあい、絡み合うように乱れていた。  何故。  彼は川へ言ったはずだった。  私は薪を割って待ち、彼は魚を獲る。その筈だった。  何故。  明らかに人為的な傷は間違いなく彼に悪意を向けた人間によるものだと言うのに。  「何故、笑うのですか」  今にも崩折れそうな体を抱き止める。葛籠が私の手から落ちる。散らばる。小物の類いに紛れて、旧時代の武器が散らばる。通信機が転がる。彼を殺そうとした武器が、散らばる。  私の嘘が散らばる。    彼はそれをみる猶予すらない。  ただ、私の腕でいつもの無垢さで笑う。笑って、私に懐中時計を見せる。  村があると言う。  少し、山を下った辺りに、あると言う。  ―――彼は、行ったのだ。  この、人並み外れた容姿で。
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