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私は葛籠の中の薬という薬の全てを使った。
包帯を用い、止血を試み、彼の背中に深々と刺さったものが、簪であったことに気が付いた。
簪はやや長めに作られている。私が手慰みに作ったものだ。その術を買われて、この任に付いた。
赤色の蜻蛉玉は、彼の血液にさらに赤く染まっている。
そして私は治療の手を止めた。
肺胞のひとつでも潰れてしまえば人間は簡単に死ぬ。
私は知っている。
本当に彼が人間ならば、彼はもう苦しみながら息絶えるよりほかないことを。
私は知っている。
人間の体の脆さを、薄さを、そして、彼が人であることを。
彼の白目には点状出血が出ている。窒息の兆候に違いはなく、私は誰を憎めばよいかわからなかった。
ただ、このままではならないことは判っていた。
私は彼の顔を覗き込む。
金緑石の輝きが、衰えながら私を見ていた。
その眼は確かに、確実に死の淵へと向かっている。暗澹とした、泥濘の向こうへと沈もうとしている。
だのに、彼の目は私を見据え、小さくはにかんで笑う。死の淵に立たされた今も、村人と同じ人種の私に笑う。
冷たい掌が私の頬に触れる。肌と同じ白色に退色した唇の隙間から空気の漏れる音がする。
支えた手が震える。絶命間際の瀕死の生き物が本能で死に抗っている。逃れることができない死の前で、諦めたくとも脳が、身体反応がそれを許さない。
私は彼のアレキサンドライトに似た眸を、じっと見つめた。
私の眼球は全く、からっからに乾いたままだった。
白く、氷のように冷たい唇を吸った。
彼は安息するように、喉を鳴らして瞼を閉じた。
その美しい変光が姿を隠したとき、これは私への罰なのだと判った。
左手で、傷の切開に使った短刀を握る。
その刃を彼の細い頸に宛がう。
刃の下で、コロと喉仏が動いた。
私は通信機を使った。
私の隊は明朝には村に着いた。
それは、私の知り得る限り、最大の残虐だった。
私の隊は存在する筈のない土蜘蛛を探した。
全ての村人を家屋に押し込め、火を放ち、逃れようとするものはすべて切り付け、撃ち抜いて燃え盛る家屋に投げ戻した。
阿鼻叫喚の地獄だった。
私はそれを見ていた。
彼と共に見ていた。
私より、身の丈も目方もずっと小さく、軽くなった彼を抱いて、凝と、燃え盛る私の憎しみを見ていた。
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